昭和33,34年ごろのことです、小学校の4,5年生の夏は、妹と長野県の上田に夏休みになると1か月は、親戚の家に泊まりに行ってました。行は母が一緒に行ってくれましたが、帰りは妹と二人、心細げに東京に帰ってきました。母も、子供がいると、うるさいらしく1か月以上は帰してくれませんでした。最初は良くても、そのうちさみしくなったものです。その頃は、行も帰りも蒸気機関車で、トンネルにはいるとあわてて窓を閉めたものです。こんな映像を見ると、悲しくなるようなさみしさです。もう50年以上の記憶が甦りました。