第11章 おわりに
スサノオは母に会えなかった。
しかし、母が眠る山の気配を感じられる土地に辿り着き、そこで安らいだ。
会えなくても、感じられる。
その距離が、安来だった。
この物語は、好きな山歩きから見かける神話、古事記・出雲国風土記をもとに、安来という土地に立って、再構成した神話物語です。
【風土記の記録】として確認できる事実と、【考察】として地図や文脈から結びつけた想像が混じっています。
典拠の層を次のように整理した。
第一層は『古事記』(712年)『日本書紀』(720年)『出雲国風土記』(733年)という奈良時代の文字記録。
第二層は延喜式神名帳や『雲陽誌』などの古代〜近世の公的記録・地誌、および各社の社伝。
そして第三層として、出雲の旧家に伝わるとされる口承『出雲口伝』(いわゆる富家伝承。
斎木雲州氏らの著作で紹介される伝承体系)がある。
出雲口伝は学術的に検証された一次史料ではなく、記紀と大きく食い違う独自の内容も含むため、本稿では事実認定の根拠としては用いない。ただし「出雲在地勢力の側から見た歴史」という視点を提供する参考素材として、ツアーガイドの語りに厚みを加える材料になり得る。
結論から言えば「安来」という地名を直接語る下りは、現時点でウェブ上に流通する口伝紹介からは確認できない(原典である大元出版の書籍群『出雲と大和のあけぼの』『出雲と蘇我王国』『サルタ彦大神と竜』等の精読が必要)。
しかし、安来に深く関わる記述は複数取り出せる。
以下に整理する。
なお、いずれも口伝とその読者による紹介に基づく未検証の伝承であり、学術的事実ではないことを重ねて明記しておく。
(一)野城大神=「母神・幸姫」説。
富家伝承本『出雲と大和のあけぼの』(大元出版)によれば、安来の野城大神は、出雲族の国教「サイノカミ(幸の神)」三神のうちの女神。すなわち母神・幸姫(さいひめ)であるという。
サイノカミ三神とは、父神クナト(久那斗)ノ大神、母神・幸姫命、子神サルタ彦大神の家族神である。
これが本書にとって決定的に重要なのは、本書の主題は一貫して「母」だからだ。
スサノオが母の気配に安らいだ土地・安来。
その安来の大神が、口伝では文字通り「母なる神」だった。
風土記の物語(スサノオの安らぎ)と口伝の神格(母神・幸姫)が、別々の伝承系統から同じ一点「安来は母の土地である」を指している。これは本改訂作業における最大の発見である。
(二)サイノカミ家族神の地図上の配置。
口伝系の解釈を四大神に重ねると、北の佐太大神はサルタ彦(子神)とされ、これは通説の解釈とも一致する、東の野城大神は幸姫(母神)となる。
そして父神クナトノ大神について、谷戸貞彦『サルタ彦大神と竜』(大元出版)は、伯耆の神名備山・大山こそ「久那斗の大神が宿る山」であり、その遥拝所として大神山神社(米子市尾高)が建立されたと述べる。
ここで第9章のレイラインを思い出してほしい。
御来光の道の東西軸上には、
出雲大社—来待—能義神社—大山が並んでいた。口伝のレンズを通すと、この東西軸の上に父(大山)と母(能義)が並び、その北に子(佐太)が見守る。
サイノカミの家族が、出雲の大地そのものに配置されていることになる。
そしてその中心に近い場所が、安来である。
緯度帯の符合と口伝という二階建ての仮説であることは承知の上で、これ以上の物語はない。
(三)クナト大神とイザナギ・イザナミの置換説。
口伝では、出雲王国滅亡後に、クナトノ大神がイザナギに、幸姫がイザナミに置き換えられて神魂神社に祀られ、記紀の神話体系に取り込まれたとされる。
この説に立つなら、本書第7章で触れた都辨志呂神社(安来市広瀬町)に配祀される岐神(くなどのかみ)は、記紀の解釈(黄泉比良坂で生まれた道の神)より遥かに古い、出雲族の主神クナトノ大神の痕跡そのものということになる。
安来・広瀬の山あいに、出雲族の原信仰が名前を変えずに生き残っている。口伝のレンズはそう読ませる。
(四)東出雲王家・富家の勢力圏。
口伝の語り部の家系とされる富家(向家)は「東出雲王家」と呼ばれ、その本拠は意宇地方、国府が置かれた松江市大庭から東出雲にかけて、であった。能義郡(安来)は、まさにこの東出雲王家のお膝元の圏域にあたる。「スサノオのモデルとなった大勢力が安来を中心に形成されていたのではないか」という本物語の大仮説は、口伝が語る「東出雲王家の本拠圏=意宇・能義」という構図と、方向において一致する。
記紀・風土記・古墳・口伝という性質の異なる四つの情報源が、いずれも「出雲の東、安来周辺に強大な何かがあった」ことを指しているのである。
この物語の到達点:大仮説と、安来発「神話の道」ツアーライン
スサノオのモデルとなった大きな勢力が、安来を中心に形成されていたのではないか。
鉄の道(奥出雲—広瀬—安来港)を制し、中海の水運を握り、大成古墳の王として実在した在地勢力。その記憶が、長い年月を経て「荒ぶる旅の果てに安来で安らいだ神」の物語へと昇華された。
出雲国風土記が四大神の東の一柱を安来(野城)に置いたことも、御来光の道の緯度帯に能義神社が乗っていることも、この仮説と矛盾しない。
これは証明された歴史ではない。
しかし、文献・古墳・地理がひとつの方向を指している大仮説である。
そしてこの仮説は、そのまま観光の設計図になる。
①南北の「スサノオ・ライン」
(船通山—奥出雲—広瀬・磐船神社—金屋子神社—安来神社・十神山)
②四大神レイライン
東の要・能義神社と、国府跡・六所神社
③東西の「御来光の道」延長線
(出雲大社—来待—能義神社—大山)。
この三層のラインを、安来を結節点として組み合わせれば、出雲観光の主流(出雲大社・松江)
安来に来て、自分の目で確かめてください。
神が安らいだ場所で、人は唄い踊った。 その踊りは、今も生きている。
安来節演芸館。
訪れることのできる場所
この物語の舞台となった場所の多くは、山の中にある。
山岳信仰の色濃い土地柄で、社殿へは登山道や石段を登っていくものがほとんどだ。
歩きやすい靴と、余裕のある時間で訪れてほしい。
【鳥取県南部町】
母塚山 (自動車で山頂までいけます)
イザナミが焼け死んだ地の伝承を持つ山。安来側からアクセスする場合は、安田要害山から尾根伝いに歩く。稜線の途中に、イザナミが火傷を負った現場と伝わる場所がある。
【島根県安来市】
比婆山・比婆山久米神社(熊野神社)
イザナミが葬られたとされる比婆山。
山頂の奥宮(上の宮)にはイザナミの御神陵が御神体として祀られ、登山道を登っていく。
麓の里宮は安来市伯太町横屋に鎮座。
本殿は神明造。
出雲では珍しい、伊勢神宮と同じ様式。
出雲国風土記所載の古社。
上の台(うえのだい)(伯太町)
比婆山と正面から向き合う標高330メートルの山。イザナミの御神陵を遥拝するのに適した場所として、かつては「神の台(かみのだい)」とも呼ばれた(説あり)。山頂付近に日向尾根古墳群が存在し、周辺には前方後円墳3基を含む40基近い古墳群が確認されている。東に大山、北に中海と島根半島を一望できる。
古代出雲王陵の丘(荒島)
安来市荒島町に位置する国指定史跡。弥生から古墳時代の四隅突出型墳丘墓が集中する。
月形神社(荒島)
*三貴子(ツクヨミ)
ツクヨミを祀る神社。
御神体は拝殿裏の巨石。
金色のウサギのお告げ伝承が残る。
享保5年(1720年)の荒島八幡宮社伝記に記録。
伊勢神社(今津町)
*三貴子(アマテラス)
アマテラスを祀る神社。三貴子の一柱が安来の地に祀られている。
能義神社
出雲四大神のひとつ。天穂日命(スサノオの甥・出雲大社国造家の祖)を主祭神とし、配祀に大国主命・事代主命、境内末社にはイザナミも祀られている。
出雲国風土記所載の「野城社」。
安来平野(能義平野)を見渡す田んぼの中の丘に鎮座する。
安来市能義町。
安来神社・十神山(砥神島)
*三貴子(スサノオ)
スサノオが「安らかになった」安来の中心地。旧地は中海に浮かぶ砥神島(今の十神山)。
神在月の神々の集結地。
月の輪神事(674年起源)の地。
住宅街の路地の奥に静かに立つ。
日本台・世界平
安来の展望地。
安来平野(能義平野)と中海・十神山を一望できる。
磐船神社(広瀬町比田)
スサノオが出雲に降り立った時の岩船の痕跡とされる巨大な磐座。
主祭神はスサノオ。
広瀬町西比田の金屋子神社の鳥居を背中に山道に入り、看板を見つけたら少し車を止めれるところがある。
看板に沿って登山道と石段を登った山中に鎮座する。
岩の大きさは圧倒的だ。
金屋子神社(広瀬町)
全国1200社の製鉄神社の総本山。
75柱の神が祀られる。
スサノオ・ライン上に鎮座する鉄の神の総本山。
山狭神社(広瀬町山佐)
上山狭・下山狭の2社。主祭神は久志美気濃命(クシミケヌ=スサノオの別名)。
配祀にイザナギ・イザナミ・速玉男・事解男(熊野の神)を祀る。天狗山の東側に鎮座し、月山富田城域に近い場所に位置する古社。
都辨志呂神社(広瀬町広瀬)
主祭神はスサノオ。金山彦神(鉄の神)を合祀。
スサノオが峠を越えた後に休息した地と伝わる。
嘉羅久利神社(広瀬町広瀬)
主祭神はスサノオ。
韓国五十猛命(からくにいそたけるのみこと)を合祀。
延喜式の社名は「韓国伊太氐神社」神社名に新羅の記憶が刻まれている。
出雲国風土記・延喜式神名帳所載の古社。
青垣神社(伯太町東母里)
オオクニヌシが「八雲立つ出雲の国を守る」と宣言した母里の郷に鎮座する。
出雲国風土記所載の古社。
物語の締めくくりの場所。
安来節演芸館
安来節とどじょうすくい踊りを生で観られる。三味線の音が聞こえた時、神話は生きていると感じる。
【島根県松江市東出雲町】
黄泉比良坂
イザナギとイザナミが永遠に別れた場所。千引の岩が今も据わる。
揖夜神社
イザナミを祀る古社。
意宇六社のひとつ。
黄泉比良坂のすぐそば。
【島根県松江市(大庭)】
六所神社
意宇六社のひとつ。
出雲の総社。
主祭神はイザナギ・アマテラス・ツクヨミ・イザナミ・スサノオ・大国主命の6柱
この物語のすべての登場神が一所に集まっている。
神在月に全国の神々が出雲へ集まる際、まずこの六所神社に集まってから佐太神社へ向かったとされる。
【島根県松江市(八雲・玉湯)】
熊野大社
出雲国一宮。
スサノオと同一視される熊野大神を祀る。
神魂神社(かもすじんじゃ)
日本最古の大社造。
国宝。
イザナミを主祭神とする。
出雲国造が継承儀式を行った場所。
八重垣神社
スサノオとクシナダヒメを祀る。
縁結びの神社として知られるが、その本質は「守った愛」の物語だ。
そう、ここがスサノオが安らいだ場所、やすぎ
出雲神話の始まりはここ安来にあります。




