15年戦争史というブログで、児島襄の「日中戦争」に対する疑問が述べられています。
1931年の第1次上海事変のきっかけとなった日本人僧侶殺害事件について、一般的には日本軍による謀略というのが定説ですが、児島氏はこれに疑問ありとしているのこと。
「日本人僧侶は道を間違ったのに襲撃されたから謀略は疑わしい」説
児島襄によれば、日本人僧侶の18日の目的地は平凉路の東端近くにあった鐘紡公大第一廠工場であり、華徳路(現・長陽路)から馬玉山路(現・双陽路)を経て三友実業社前を通ったのは道を間違えたためという*1。
にもかかわらず、事件当時三友実業社前に従業員がたむろしていたのはおかしい、というのが児島の主張である。
僧侶は道を間違えたのに、それを待ち伏せしていたなんておかしいっていう指摘です。
なるほどと思わなくもないですが、これについて臼井勝美氏の「満州事変」で調べてみました。
すると、
一月十八日、日本山妙法寺の僧侶天崎啓山、同水上秀雄とその信徒後藤芳平、黒岩浅次郎、藤村国吉の五名は、寒中勤行のため団扇太鼓を打ち鳴らしながら、共同租界東部の東華紡績工場付近から寺への近道のため、馬玉山路の三友実業社前を通行した。午後四時過ぎである。
と150Pに書いてありました。
どうも児島氏が言う「道を間違えた」という記述そのものが間違っているのではないでしょうか。
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