3. 人間工学の立場から

ここから安全対策を具体的に考えてみたい。事前に安全対策をすることをリスクマネージメントという。

人間工学という観点がある。わかりやすい例でいうと、大講堂の多数のライトのスイッチが並んでいるとしよう。どれがどのライトかをわかりやすくするには、実際のライトの配列と同じにするのがよい。水道の場合はレバーを下にさげると水がでて、上に上げると止まるのが好ましい。もっとも後者の場合は地震時に落下物で水が出っ放しになった経験から、今は上にあげると出る仕様に切り替えられた。一番まずいのはいろいろな仕様が混じっていることである、たとえば、仮にガス栓が右に回すとガスが出るのと左に回すと出るのとがあると、危険性が増加する。

 次にフェイルセーフやフールプルーフという考え方だが、フェイルとは失敗、フールとは馬鹿のことである。馬鹿ちょんというちょっと差別用語のような言葉があるが、平たくいうとあれである。  

口から注入すべきものを注射した事故があった(各論59参照)。そこで、最初はシリンジを色分けしたが、もっといいのは、経口用シリンジは経口チューブにしかつながらないように、注射用シリンジにはつながらないようにアダプター部分の形状を変えることである。これがフェイルセーフである。また各論67のコネクターの誤接続防止策もこの例である。そのほか古い例なので各論では記載していないが、北大病院で麻酔の酸素ガスと笑気ガスのつなぎ方を間違った麻酔事故があった。これなどもアダプターの形状を別々にすることによって防げる過誤である。

薬の名前が似ているために間違った薬を投薬するのも同じ範疇の過誤であるが、これも患者の特定法の改善、薬の名前を変える、あるいは警告表示を出す、薬の薬効を併記するなどの方法で改善できよう。

人間の力でできるのはダブルチェックである。型違い輸血事故の防止にこれが力説されている(各論56参照)。ここでも患者の腕輪の情報とバッグの情報をコンピュータ的にチェックするほうが確かである。もっとも間違った腕輪をつければ事故が起きるので、やはりヒューマンエラーの余地がある。

交通事故の原因の一つであるアクセルとブレーキの踏み間違いはどうであろうか?結論からいえば、アクセルに急激な力が加わったときにエンジンが自動的に切れるような防止策が必要であろう。これはパニックにおいては注意力を期待できないので自動制御が必要だという考え方に基づいている。

もう一つ、一連の作業の途中で中断しないことが重要である。したがって作業中の私語はいけない。これはきわめて簡単なことだが慣れてくるとなかなか守られないものである。

さて、予防可能かどうかの視点から各論の症例を分類すると、各論1-22までの事故は防止可能といってよいだろう。薬害の39-47は後知恵のところもあるが、ここまで被害を大きくしないうちに解決できたといえる。食品関連の81-84は故意といわざるをえず、防止対策以前の問題である。

冤罪例90-91,96-97は人間のやることであるから、謙虚に反省して対策をたてるべきであろうが、法曹人の倫理の問題だと思う。しかしその防止は、捜査の可視化もそうだが、組織的になされねばなるまい。