(四)
勇次は、暫し我を忘れていたが、やっと現実に戻ると・・・
或る疑問にぶつかった。
「どうして、〔上がり湯〕の中に『黒いメダカ』がいたのか?」
「それを入れた犯人は誰なんだ?」
と、それはごく当たり前な疑問だった。
それで・・・無い知恵を絞り、それらしい答えを見出した。
「此処の一切を任されているのは番頭さんだから、番頭さん以外の人は考えられない」
「とすれば、『黒いメダカ』を入れた犯人は番頭さんに違いない」
「そうだ。番頭さんが犯人だ!」
勇次は自分で自分の答えに満足し、些か得意満面。
すると、丁度いい具合に・・・
当の番頭さんが、女湯での仕事が終ったのか、例のねじり鉢巻に股引姿と云う装いで、男湯に向かって来るのが目に入った。
勇次は是はいいタイミングとばかりに、早速、入って来た番頭さんに、
「番頭さん。番頭さんが入れた『黒いメダカ』、女湯の小母さんが全部捕って行ってしまったよ」
と、〔上がり湯〕を指差しながら報告した。
学校で、先生に告げ口をしている様な後ろめたさもあったが、この場合は仕方がない。
だが、番頭さんは・・・
「儂が『黒いメダカ』をどうしたって?」
と、怪訝な顔で寄って来た。
「番頭さんが『黒いメダカ』を入れたんでしょう」
「いや、儂は知らん」
「・・・」
「坊主、その『黒いメダカ』とやらは本当にいたのか」
「はい。僕は見ました、本当です」
「そうか、坊主が見たと云うなら信用しよう。ところで坊主、そいつは一体何匹いたんだ」
と、今度は番頭さんが問い掛けて来た。
「・・・」
勇次は急な質問に戸惑ったが・・・咄嗟に、両手を出して凹型を作り、
「この位の黒い塊で泳いでいたけど、もじゃもじゃしていて数えられなかった」
と、有りの儘を有りの儘に答えた。
すると、番頭さんは眉をひそめて、
「黒い塊が・・・もじゃ・・・もじゃ」
と、変な口調で呟いたかと思ったら、やおら、顔を天上に向け、
「昨日の大風で(よしず)が外れたか?」
と、独り言を云った後、
「ところで坊主。坊主は小学何年生だ」
と、是又、場違いな質問をして来た。
「四年生です」
「四年生か、四年生では少し無理かな・・・いいか坊主。上の天窓を見てみろ、紐が二三本見えているあの真ん中の天窓だ」
番頭さんが右手を上げて天窓を指す、釣られて勇次も其処を見ると、番頭さんの云う通り、真ん中の天窓に紐らしき物が見えていた。
「うん、分かった・・・」
勇次は答えたものの、話が犯人探しから外れて行くのに少し戸惑っていた。
だが、そんな勇次に関係なく、番頭さんは、身振り手振りで演説を始めた。
(続く)