わたしは、自分自身を徹底的に「浄化」させるために

 

一旦、スピリチュアルから離れる必要があった

 

 

 

本来の自分のものではない余計なビリーフ

 

それはおそらくわたしの場合は、先祖のカルマを意味しているものだと思うけど

 

それらをキレイに剥がした後は

 

「純粋な」自我意識

 

つまり、真我に徹底的に従順になった自我のみが残る

 

 

 

ある意味、「わたし」はすでに「死んだ」らしい

 

そしてわたしは自分がすでに死んでいたことすら気づいていなかった

 

なんて滑稽なことだろう

 

それはともかく

 

とにかくわたしは思考をコントロールできないことに気づいた

 

すべては真我が起こしているからだ

 

 

この境地に至るために

 

わたしは「スピリチュアルな学び」では行き詰まりを感じていたんだろう

 

特に、カルマの解放と、「自我」に対する描写の部分だ

 

自我は必要があって存在していて、それが無いと生きていけないのに

 

それを客観的に捉えた発信をしている人は、スピリチュアリストではあまり見かけなかった

 

願望が実現しないのは、「エゴの願望は偽物だから惑わされないで」というよりも

 

正確には、「三位一体」でないからであって

 

基本的に、「エゴ」をまるで邪魔者のように描写しているように感じる場合が多く

 

スピリチュアル的なアプローチがイマイチよくわからなかった

 

 

 

そんなこんなで

 

古いカルマを全て解放した後進む道は「現実創造」なので

 

再びスピリチュアルな歩みに戻ったところだ

 

 

 

まずは自分が望む世界に近しい周波数になって

 

好きなことに没頭して

 

「自分から光る」ことによって

 

自分のエネルギーがキレイに循環していく

 

そうすることによって

 

人を通じて光が拡散していく

 

 

 

 

 

ぶっちゃけわたしは今日なぜこんなことを書いているのかさっぱりわからないけど

 

なんとなくこれでいいんだと思った