・まだ観ていない人に向けて

 あなたが公園を散歩していたとします。その時、大金の入ったアタッシュケースを見つけたら、そのケースの背景には、どんな人間が絡んでいると思いますか?彼らに国境などあると思いますか?

 吐息が聞こえてくるような、緊張感が張り詰めた映画です。深夜に、部屋を暗くして、一人で観ることをオススメします。

 

・感想 ネタバレ有り 

 表紙的にちょっと抵抗はあったが、観た感想は「良い」だ。完全に引き込まれた。かっこいい映画だと感じた。猟銃をかまえて狩りをする様子、受信機から何かを察したり、サバイバル知識で追っ手を危機一発でかわしていったりする感じ、格好いい。

 

緊張感「殺気に、追われる主人公」

 シガーの冷酷な殺気が印象的だった。声も。彼は原作者曰く、「暴力の世界」そのものらしく、誰にでも平等に降りてくる厄介らしい。無慈悲だ。そんなヤバい奴とモスがやり合う場面は本当に見応えがある。派手なわけじゃない。シガーの殺気がこちらにまで伝わってくるからだ。BGMが無かったのも良い。あの緊張感は物凄い。そしてこの映画は展開が読めない。オープンワールドで、主人公が一つの事件に関わってしまった感がある。ジュマンジのサブミッション的なもんだ。関わらなくてもいい事件の舞台に来てしまった感じ。モスはシガーから逃げて、追い詰められそうになって逃げるという展開が二回ほどあるが、どちらもクドくない。流れがリアル。予想を超えてくる。個人的には、「ホテルのベッドの上で、ドアを前に銃を構え続けるシーン」が印象的だった。「このまま朝になるまで、ずっと待つのか!」となった。追い詰められているのが分かる。

 

「台詞がないシーン」どう観たか

 テレビを最初、シガーも保安官も眺めて何かを察していたが、何だったのだろう。そういう「言葉では表わさない」描写も多かった。最後の辺りで、保安官がシガーのいる事件現場に入ったとき、シガーの表情は明らかに切迫していた。保安官の凄みが見て取れるのだが、彼を取り逃がす。保安官は自分の老いを実感する印象的なシーンだ。この「環境が変わってしまったと思い込んでいたが、変わっていたのは自分だった」という感覚は、若い人には把握しきれない深みがあると思った。

 

「保安官はシガーと対峙していない」

 自分のルールというのも印象に残った。保安官にとってそれは父で、彼は寒い吹雪の中、小さな灯火をともして彼の道しるべとなってくれている。同時に彼は「理解できないものにうんざり」していた。この考えとシガーの対比もよかった。シガーは暴力社会を象徴しているからこそ、その有様を保安官は見たくなかったのだ。理解できないものが社会を変えてしまっている、何だか『セブン』と似ている。しかし、誰かが倫理を引き継いでいくことが重要なのだっていうコメントがあって納得した。何か道しるべとなるものが必要なのだろう。モスがあっさりやられるのも読めなかった。そのシーンを描写しないことで、視聴者は展開についていけない、つまり客観的になる。保安官目線に、違和感なく切り替わるよう仕向けた演出か。

 

「シガーへの反論」

 残酷なシガーに対して、「私を殺しても意味ない。それを決めるのはコインじゃなくて、あなたよ」という反論は、最早全国の平和主義者達の代弁だろう。一瞬シガーが固まったのも印象的である。最後にまったく関係ない事故に巻き込まれるのも、「誰にでも平等に」というシガーの専売特許が、シガー自身にも適用された事を意味しており、皮肉な話だ。

 

 とにかく無音の緊張感で、展開が読めない。そしてどのキャラも格好いい。深夜に観たのは大正解だった。この映画は『チェンソーマン』のOPにパロディがある。暴力の魔人のシーンだから、シガーにぴったりだ。あの靴下を履き替えているシーン。ちなみに、前述した「テレビの前で何かを察するシーン」の内容について、映っていないテレビ越しに、「追っているのだっていう保安官の意志を表現している。シガーはそれに気付いた。」というのが一番腑に落ちた。このシーンも好きだ。