山本祥一朗の酒情報 -9ページ目

山本祥一朗の酒情報

山本祥一朗の酒情報

平成18年8月に米寿を迎えられた大塚謙一氏の出版記念会が催された。場所はパレスホテルで、この時は醸造試験所(かつては試験所だった)の教え子や、甲子(きのえね)会という甲子の年生まれの友人である竹鶴威、河竹繁俊、飯田博、秋山裕一などの諸氏で、大塚氏が日本のワインを愛する会の会長も務めておられた関係で山本博氏などをはじめとするワイン関係者なども多数見えられた。

 

写真は、この時に私が司会を務めていた関係で、会を代表して挨拶された月桂冠の栗山一秀氏、私、大塚謙一氏である。

 

本は『酒の履歴』(技報堂出版)である。この出版社からは私も出版している関係で、『日本酒党の視点』で大塚氏とはお付合いがあった。
その大塚氏が昨年9月に亡くなられていたというのを今年の10月に知らされた。それは醸造試験所時代の人からで、醸造試験所の関係者などにはいっせいに連絡があったようだ。そちらには直接には門外漢の私などにはお知らせが無かったのだから、仕方がない。
あらためてご冥福をお祈りしたい。

 

 

 

『酒つながり』では、宮脇俊三氏と「揺れた酔い心地、飲んだ酔い心地」と題した対談をした『新潮45』の話を収めてあるが、その宮脇氏が昭和8年に『澁谷驛』という本を出していらっしゃる。忠犬ハチ公なども含めた話で、何かと面白い。

本の後半は奥野健男氏と田村明氏との座談会になっているが……。

 

私の世代で田川水泡といえば、冒険ダン吉として有名だが、この人がクリスチャンだったのは知らなかった。戦争中であれば西洋の宗教については語れなかったものらしい。

 

映画全盛の頃の映画スターといえば近寄りがたい存在だったが、秋山庄太郎はカメラマンという仕事柄、スターとの接触が多かった。その秋山の著書を見れば、スターの酒ぐせも多々出てくる。

 

「永遠の憧れの人」といわれた原節子はビール一辺倒の人だったが、どんな時でも自前で飲んでいたとか。