別記の文章は中野孝次著『老いのこみち』(文藝春秋)の中の「酒あってのわが人生」の冒頭部分である。これを見てもいかに中野氏が酒を愛していたかがわかろう。
しかもこのくだりは、特に日本酒だけの酒礼賛一辺倒である。
氏ははじめて酒を飲んだのは19歳の夏であった。戦前の時代だ。まだ飲酒もよかった頃である。その後、戦争中はひどい酒もあったようだが、この文章を書いた氏が68歳の当時は日本酒も良質なものが出まわった頃である。そして別記の本にまとまったのは76歳の時である。
氏は中に坂口謹一郎氏の短歌をひきながら、酒の感慨を述べておられる。
うまさけはうましともなく飲むうちに酔ひての後も口のさやけき
一人して酌でもたのしというわれを妻はほほえみてゆき見こそすれ