イネイブラーとは
依存性や問題行動を持つ人を
良かれと思って悪化させる
世話焼きな人。
を意味する言葉。
(ビジネス用語では
真逆のポジティブな意味を持つ)

そして、イネイブラーの本質は、
相手の問題を肩代わりすることで、
無意識に
「自分は正しい被害者、相手は困った加害者」
という構図を維持しようとすること。

この『被害者意識』を抱え続けることで、
「自分が必要とされる役割」や
「道徳的な優位性」
を無意識に確保してしまい、 
結果的に相手の自立や問題解決を
妨げる共依存のループを強化してしまう。

この加害者と被害者の関係性は
その実流動的に行ったり来たりしたりする。
お互いにそうであることを
継続し合う。

実は

被害者意識が強い程
『イネイブラー』
になっている人が多いのだ。

自分が『被害者』で居るために
相手が『加害者』であり続けるための
『理由』
を常に与え続けるのだ。

でも本人は無自覚だから

『困らせられている』
『酷い目に合っている』
『尻拭いをさせられている』

『苦しめられている』

そう本気で思っている。

しかし、面白いことに
『加害者』とされている側も
また
同じことを思い
自分を『被害者』だと思っている。

自分と自分の親との関係で
『被害者』イネイブラーとなった人は
・パートナー
・子供
でまた同じ関係性を作り繰り返す。

人を変えても
この根本が変わらない限り
様々な人間関係の土台がこれになる。

いつも自分ではない
誰かの事で悩み
『困らせられている』
『苦しんでいる』
そう思っている。

お互いに
『被害者』
であるために必要な理由を
与え合っているのだ。

そして、自分の人生を生きれない。

常に誰かの心配をし
常に誰かの尻拭いをし
常に誰かのために何かをする。

『被害者』であることで
自分の優位性を表現する。

その為には『加害者』が居なければ
成立しないため
無意識に理由を与え続ける。

イネイブラーは
誰かを助けることや支えること
尽くすことサポートする事が
実はとても得意だ。

それをすることで
認められること
頼られること
評価されることが
とても喜びだからだ。

それが上手く動くと
良い流れに乗れるのだが
深くなる程にまた
『被害者』と『加害者』
イネイブラーに転じるため
人間関係で失敗する。

そしてまた
『被害者』と言う位置に
自分を埋める。

何故ならイネイブラー達は
『生け贄』の関わり方しか知らず
『供物』の関わり方が出来ないのだ。

私もイネイブラーだったから
イネイブラーの動きはよく解る
だからイネイブラーからの
助けや支えやサポートはお断りして
イネイブラー出来ない距離感を作る。

だから私をイネイブラー達は
『近いように見えて
なんだか掴み所がない怖い人』
そう見ることが多い。

イネイブラーしたいのに
させて貰えないと
それはそれで相手を『悪者』にし
『加害者』のポジションを
維持しようとする。

本当に厄介な性質なのだよね。
しかもこれは
後天的な性質だから
本当は変えられる。

でもまず
・気付くのが難しく
・受け入れるのが難しく
・理解することが難しい

何故なら

気付いてしまったら
受け入れてしまったら
理解してしまったら

『加害者』
では居られなくなるから。

イネイブラー、『加害者』を
辞めるを続けて何年も経ち
俯瞰できる今
『被害者』で居るって楽だなぁ…
と思うけれど
またそうなりたいとは思わない。

自分で作り出した苦しみに
周りも巻き込んで
自作自演する事に
今はもう喜びを感じないからだ。

このブログを読んで
『もしかして…』と思った人
きっと多いと思う。

このブログを読んで
『もしかして…』と思えた人は
抜け出すタイミングに
来ているのだと思って欲しい。

どんなに何年も
スピリチュアルを深めた人でも
『被害者』
が辞められない人が沢山居る。

私は違うと思うことが
既に違うのかもしれない。

負のループ
『被害者』と『加害者』
のループを抜け出したい人は
是非サポートに来て欲しい。

世の中には色んなメソッドがある。

これから世界は
精神世界に向かうと言うのに
それを一番に伝える位置にある
スピリチュアル業界も
まだまだ物質世界から
離れられないようだ。

まあ、仕方ない。

今はまだ
『現金』と言うエネルギーが
必要だからね。

で、ここからが本題。

スピリチュアル業界の中でも
ビジネススピリチュアル
(あえて、スピリチュアルビジネスではなく
ビジネススピリチュアルと呼ぶ)

キャッチコピーに
月収○万円から月収○○○○万円へ
○億円達成
すぐに○○○万円が手に入る
何てのがある
ビジネススピリチュアルに
必死に食らい付いて行ったのに

『全然稼げない』
『なんか上手く行かない』

そんな人が沢山居る。

沢山居てくれた方が
ビジネススピリチュアルは儲かる。
味噌が解らないから
課金して課金で苦しくなって
課金を回収したくて
また課金する。

そのお陰で
ビジネススピリチュアルのトップは
キラキラと輝いている。

でも、みんな知らない。
その裏にある必死さを。

あなたが真似しても真似しても
課金しても課金しても
そうなれないのはなぜか?

その裏にある必死さを
知らないならだ。
そしてあなたには
その裏にある必死さを
体験しなくて良いと言う
恵まれた豊かさが
既に手の中にあるからだ。

ビジネススピリチュアルは大概
崖っぷちからの大逆転を
売りにする。

真似してうまく行く人もまた
崖っぷちに居る人だ。
必死さがちがうのだよ。

あなたがワザワザ
崖っぷちに立ちたいなら止めないけれど
まずは、崖っぷちに
立たずに居れる今に
感謝することの方が
よっぽどスピリチュアリティが高い。

もっともっと裏の話をすれば
上げた年収は
そうそう簡単には下げられない。

だから必死なのだよ。

ビジネススピリチュアルが
悪いとは言わない。
それも一つのビジネスだから。

でも、スピリチュアルと言う世界観から見ると
おかしな部分は沢山ある。
しかしそれを
スピリチュアルの
全ては許されているで
包括できちゃうのが
スピリチュアル業界のずるいところだなぁと
私は思ってしまう。

ツールは上手く使えた方がいい。
でも
ツールが目的になった瞬間に
大きなズレが起きていく。

あなたが必死に追っかけ
食らい付いている
そのキラキラの
裏にあるものが
あなたはちゃんと見えていますか?

注)スピリチュアルビジネスとは
スピリチュアルを仕事として
成立させること。
ビジネススピリチュアルとは
ビジネスで儲けるために
スピリチュアルを利用すること。
そう私は分けている。

↑こちらも是非お読みください。

今もしも
このブログを目にしたあなたが
『被害者』
であろうとする人ならば
今から書く話は
綺麗事の説教にしか
聞こえないかもしれない。

強く抵抗すると思う。

解って欲しいなんて思わない。
でもね
これは私が体験してきた『真実』

あの人のせい、この人のせい
家族のせい、親のせい
パートナーのせい
子供のせい、親族のせい
会社のあの人のせい
ママ友のあの人のせい
近所のあの人のせい
社会のせい、会社のせい
世の中のせい…

自分のこの苦しみは
『与えられたもの』
だから私は悪くない。

『被害者』
で居ることのメリットを
処世術として手に入れた私は
被害者であるために
回りを悪者にしては
自分を壊して
『お前のせいだ~‼️謝れ~‼️』
って叫んで生きていた。

グレてみた
病んでみた
暴れてみた
自傷行為してみた
自殺未遂してみた
恨みつらみに般若のような顔をして
幸せに見えるように生きてみた。

やり尽くして気付いた
何も変わらないって。
なんにも変わらなかったって。

薄々感じてた
自分のせいだって。

でもそれを認めれないから
アダルトチルドレンを名乗り
毒親だと罵った
被害者だと。

違う違うそんな風にしたいんじゃない
違う違うそうなりたいんじゃない
でも止められない。

『被害者』
であること。

誰かにバレないように
生きる
そんな自分がバレないように。
見透かされては
また悪者にして逃げる
あいつに解るわけがない。

でも薄々感じてた
全ては私なんだって。

今手にある苦しみは
確かに与えられたもの

でもそれを

受けとるか受け取らないか
今の自分なら選べる。

握りしめているのは
自分だから。

手を変え品を変え
人を変え
『被害者ごっこ』は終わらない。

ある日宇宙に言われた
『まだそれをやり続けたいか?』

私は答えた
『もう沢山です、もう辞めたい…』

すると宇宙は言った
『じゃあ全てリセットして
今この瞬間から新しい自分を生きろ』

私は言った
『は?それが出来たらやってるわ…
どうしろっつんだ…』

宇宙は言った
『切り替えるだけだ
もうおしまいと終わらせるだけだ』

私は半ば呆れたように
やり取りを終わらせた。

でも、苦しいのはやめにしたい…
だから
どうしたらそれが出来るのか
無い頭をひねり考えた。

すると宇宙が言った
『被害者意識を手放すのだよ。
全ては愛のもと
必要な役をやりあっているだけ。
お前が被害者で居ようとする限り
お前を被害者にするために
加害者をするものが必要になるのだから。』

私は言った
『そんな…
小さい頃の私も
被害者になることを望んだって言いたいの?
そんな酷い…』

宇宙が言った
『お前の学び、体験したいことを
体験するためには
被害者になることが必要だっただけだ。
しかし、今のお前は選べる。
どんなツールを使い
学び体験するかを
今のお前は選べる。』

ぐうの音も出なかった。

その日から私は
『被害者』
であろうとする自分
無意識にそれをしてしまう自分を
意識して気付き理解し
変えるために行動するを
繰り返すようになった。

染み付いた
『被害者癖』は
至る所から顔を出す。

何年も向き合っているうちに
どんどん『被害者意識』は薄れ
『当事者意識』が芽生えていった。

今では『被害者』に
身を置くメリットを
感じなくなってきた。

だからこそ、あんなに憎んだ父を
愛で見送ることが出来た。

ありがとう
加害者を引き受けてくれて…と。

まだまだ完全には手放せては居ない。
根強い心の癖は
そう簡単には変わらない。

でも、あの頃と違うのは
『気付けること』
『止まらないこと』
『切り替えること』
が出来るようになった。

だからこそ
悪者を必要としない生き方の
難しさもすごく解るし
しかし、その分
悪者を必要としない生き方が
どれだけ穏やかで幸せかも解る。

被害者ではなく
当事者として
自分の責任で生きていくこと。

その先に
あなたの望む
豊かさや幸せが待っている。

今、苦しみの中に居ると感じるならば
『被害者意識』
と向き合う時だ。