宣伝ばっかりだと
ダルいので(笑)

昨晩、お風呂の中で
久々にイワナガヒメと話をした。
色々話しすぎて
のぼせてしまった(笑)

遡ること10年前位
世の中はコノハナサクヤヒメブーム
女性スピリチュアリスト達が
こぞってコノハナサクヤヒメ
コノハナサクヤヒメと
名前にしてみたり
サポートされてると言ってみたり
呼ばれただのあんだのこんだの
コノハナサクヤヒメ大忙しな時期があった(笑)

私はヌルイ視線で眺めていたのだが
それは何故かと言うと
私はコノハナサクヤヒメではなく
イワナガヒメにご縁があったからだ。

コノハナサクヤヒメに
全く縁がなかった訳じゃない。

でもさ…
コノハナサクヤヒメに呼ばれていくと
憂いてみたり、愚痴ってみたりして
何とかしてくればっかり言ってくる。
そりゃ、自己満女性スピリチュアリストが
こぞってお役目をいただいたと
勘違いするわなぁ…って感じだった。

まあ、私の性格上
合わなかったんだと思う(笑)

だからかは知らんが
私はイワナガヒメに呼ばれることが
とても多かった。

あくまでもこれは
私の主観だが
イワナガヒメは
コノハナサクヤヒメみたいに
外面が良くない(笑)
だけど、メソメソナヨナヨもしていない。
コノハナサクヤヒメがぶりっ子なら
イワナガヒメはドヤンキーの先輩ねぇさんみたいな。

私も何回も
イワナガヒメの呼び出しに初動が遅くて
道中、雨に雷にってやられたことが多々ある。
うん、修行かな?みたいな。
893かよってぐらいワガママだ(笑)
だけど、裏表もなければ
竹を割ったような性格なのだ。

だから私は
イワナガヒメと話せば話すほど
『美しきはコノハナサクヤヒメ
醜きはイワナガヒメ』
そう言われていることに疑問しかなかった。
決して醜くはなかったから。

だけどあるとき
私のサポートがこう教えてくれました。
【うつしやすきはコノハナサクヤヒメ
みえにくきはイワナガヒメ
陰陽、光と闇
目に見えやすいものと
目に見えにくいもの
2人は別物ではなく陰陽なだけだ。】

確かによくよく考えると
コノハナサクヤヒメって
人で言う外面で
イワナガヒメって
人で言う本音本心
みたいな感じなんですよね。

コノハナサクヤヒメは
私達が普段
他人の目を気にして表に出している
外面みたいな感じ。

イワナガヒメは
私達が普段
他人の目を気にして隠している
でも確実にある
本性
みたいな感じ。

それがなんかストンと腹に落ちたんです。

だから私はイワナガヒメと言う側面に
ご縁があったってことなんだなと。

ドープを攻めさせられるのよね、本当(笑)

見映えや見え方やステイタスより
どれだけ自分の内側が本当に満たされるのか
そればかりを考えていたから。

私が悩むと
時々スッと現れたり
おいでって呼び出したりしては
本質的な大事なことを
教えてくれる
イワナガヒメ。

私がいつも大事にしている
【醜い部分まで自分なのだと愛すこと】
これが本当の自愛だと思う
その気持ちを教えてくれたのは
紛れもなく
イワナガヒメでした。

目に写し出しやすい
人から見られる部分だけの
自分しかみていなければ
いつまでも本当の悩みや苦しみから
抜け出すことは出来ない。

自分の汚い部分や
醜い部分にこそ
自分の本音本心が詰まってる。

ニニギノミコトに
2人を嫁に出したってのは
ニニギノミコトの中にある
陰陽に向き合わせるためだったんだろうなぁと。

だって
五穀豊穣も国家安泰も家内安全も
上っ面の綺麗事じゃ
成立しないからね。

瞬間的な繁栄ばっかり求めて
泥臭い永劫を手放したわけだよね。
まるで今の時代みたい(笑)
なるべくしてな訳だ(笑)

ちなオオヤマツミノカミ
にも良くしていただいています(笑)

山を登ると解るじゃんね
自然をみたら解るじゃんね
あぁ、繁栄を未来永劫維持するには
陽だけではなく陰
光だけではなく影や闇
どちらも大切に丁寧に
扱っていかなきゃなんだって。

コノハナサクヤヒメと
イワナガヒメは
別物ではなく
裏表、陰陽
一つなんだって。

なんかね、言いたくなった。
ただそれだけ(笑)

最近、スピリチュアル業界も
今この瞬間だけの華やかさや繁栄ばっかりを
もてはやしてる人が多い。
まあ、それも良いんだけどさ。
そのドパガキ思考から
成熟した大人に成長していかねぇと
スピリチュアル業界はオワコンです。

AIで充分。
なんならAIの方が
良いこと言う(笑)

私達スピリチュアリストも人間なんで
外面だけじゃなく
ちゃんと中身も
育てていきましょうよと
思うんですよね。

お金はあればあるだけ
ありがたいけど
お金があったって死ぬのが
人間なんだから。

死ぬって一番本当の自分に
向き合わされる
最終テストだと私は思ってる。

悔いなく生きるなんて無理だけど
限りなく悔いなく
生きたいなと思う。

だから悔いなく
伝え続ける。

スピリチュアルと言う
哲学の面白さを。