私も含め
今【祈り】と
向き合っているあなたへ。
【祈り】と言う
崇高な
愛の体験をしているあなたへ。
祈るしか出来ない
そんな時間
無力さや
不甲斐なさや
不安や心配が
波のように襲ってくる
そんな今ですね。
でも
だからこそ
苦しくても逃げずに
向き合って欲しいのです。
感情を揺らしながら
心を震えさせながら
【祈り】と
向き合って欲しいのです。
そしたら見えてくるから
奥底にある平安が。
祈りの先にある平安が。
お手上げして
降伏しなさい
ちゃんと絶望して
ちゃんと希望を持ちなさい。
そこには
感謝しかないから。
私も毎日
祈って眠り
祈って起き
祈りの中で暮らしています。
小さなちびさんの体が
大きな排出に立ち向かっている。
彼を信じ祈るしかない。
4才になった四人目のちびさんが
言葉を話せるようになってから
毎晩眠る前に
祈り始めました。
毎晩毎晩
『ママ大好き愛してるよ
ありがとう
パパもにいにもねぇねも
大好き愛してるよ
ありがとう』
私も一緒に
祈るようになりました。
最近彼女は寝る前に
『神様にお願いします。
babyのお顔のかいかいを
ママのために治してあげて下さい。
ママの花粉症を治してあげて下さい。』
と祈るようになりました。
私はビックリして
『ありがとう。
でもなぜかいかいを治すのが
babyのためにではなく
ママのためになの?』
そう聞きました。
すると
『babyは大丈夫なの。
これで良いの。
悲しいのはママだから。』と。
そう…
ちびちゃんは必要として
排出を頑張ってる。
それを見て
何も出来なくて悲しいのは私。
私のために良くなれと祈るのは
ダメだとジャッジしていた。
でもジャッジしなくて良いんだ。
誰かのためにと誰かを救ってくれと
誤魔化すではなく
私が救われたいのだと
祈って良いのだ。
そう気付かせてくれた。
『そうだね、ママだね。
ありがとう。』
そして
『ママ、パパに大好きって言ってあげて
パパ寂しくて泣いちゃうよ…』と。
あぁ、そうだね。つい、ついね(笑)
ありがとう。
誰かを救いたいと思う時
救われたいのは
私自身である。
救われたい自分を誤魔化すな。
自分が救われたいがために
誰かのためにと祈るな。
私が救われたいのだ
そうちゃんと祈りなさい。
私の心をお救いください。
と。
それから私は
ちびさんに
祈るでも望むでも願うでもなく
『ありがとう』
感謝しかなくなった。
彼の体に感謝します。
ありがとう。
救われたいがための祈りから
ありがとうの感謝の祈りになった。
救われたかったのは
私だ。
彼のためじゃない
私のために
祈っていたんだ。
そしてそれを
裁いたり責めるではなく
許し認め
昇華していく。
命のこと以外の事なんか
本当にちっぽけだよなぁって。
お金があろうが
時間があろうが
何があろうが
命があってこそなんだよな。
私達は揺らされ揺れながら
本当に大切なものに
気付かされている最中だ。
それは一体なんだろうか…
もうあなたの中に
見えてきているはずだ。
