わからないが言えない…

私は小さい頃から

わからないが沢山あった。

覚えれないも沢山あった。


大きな声は怖い。

小さな声は聞こえない。

高い声は痛い。

低い声は聞き取れない。


なのに

聞こえないはずの声は聞こえる(笑)

感じなくて良いものまで感じる見える(笑)


怒りが怖い

悲しみは痛い。

楽しいも喜ばしいも

疲れる。


小さい頃

わからないから聞くのに

聞こえないから聞き返すのに

大人達は

なんでわからない?

なんでちゃんと聞かない?

と私を怒った。


わかりたい

わからないからわかりたくて

必死なのに

聞きたい

聞こえないから聞こうと

必死なのに

私は怒られた。


努力が足りない

頑張りが足りない

集中力が足りない

配慮が足りない

思いやりが足りない


ナイナイ足りない

欠陥だらけ

必死な私を

簡単に傷つけてくる。


だから私は

わからないが言えなくなった

聞こえないが言えなくなった


わからないのに

わかったと言うから

聞こえてないのに

聞こえたふりをするから

余計に怒られた


どうしてよいかわからなくなった。


だから怒りを感じると

思考が止まる。

これ以上相手が怒らないように

そちらにばかり注力する

だって

わからないし聞こえないから。


私はある時から

怒りには怒りを向けるようになった。

自分を守るために。

怒っている人や不機嫌な人を見たら

先にキレる。

悪意を持った人が来たら

先に悪意を向ける。

そうやって鏡になることで

跳ね返して潰されないようにした。


発達障がいとかって

外見からは判断出来ない。

特に成長すればするほど

身を守る術を付け

できるを装うから

余計に判断出来ない。


人の言葉がナイフのように

グサグサ刺さる。

出来ない自分で一番困ってるのは

苦しいのは

私なのに…。


謝って欲しくて

その傷を体に表現したことも

沢山あった。


そんな自分のわからないを

誤魔化す癖が

あまりにも馴染みすぎて

わからない自分が

わからなくなっていた。


旦那さんとも

良くこれで揉めていたし

ここの部分で一番

理解してもらえない

愛されていないと

思っていたなと思う。


ある時私は

私を愛したくてとたまらなくなった

ちゃんと守ってあげたくなった。


いつものように

『なんでわからない

なんでそうなる?』

と怒りを向ける旦那さんに

『私はあなたの言うことが

全くわからないんだ‼️

あなたがなんで怒るのか

私にはわからないーっ‼️』って

正直に叫ぶように言った。


そしたらね

喧嘩は解決してないのに

言えたことが嬉しくて

理解されないならもう

一緒に居なくて良い

そう思ったらより軽くなった。


それを聞いた旦那さんは

私を理解しようと

ちゃんと話を聞いてくれるようになった。


先日も

『あなたが私に対して

機嫌が悪かったり

怒っている訳じゃなくても

私はその怒りや不機嫌を感じ取ると

反射的に自分のせいじゃないかと

凄く不安になるし怖いし

自分を守るために

その状況に怒りを感じて

悪態をついてしまったりする。

だから、怒りの説明を聞きたくなる。』


そんな話をした。


私は私を知る事で

わからないをわからないと

聞こえないを聞こえないと

怖いを怖いと

不安を不安と

素直に言えることが出来るようになった。

私と言う説明書と共に。


理解されたいならば

まずは自分が自分を

とことん理解すること。


私を知る

それがあなたを

本当の意味で守り

生きやすくしてくれる。


あなたは幸せに生きたいはずだ。

愛し愛され愛の中で心地よく生きたいはずだ、


でも、自分を知らなすぎるがゆえに

産まれた誤解と

間違った守り方で

自らそれを

遠ざけてしまっては居ないだろうか?


あなたを理解していないのは

あの人ではなく

あなた自身かもしれない。


私は私の事を

死ぬまで理解しきれないだろう

それでも

私は私の事を

死ぬまで理解し続けようとするだろう。


CosmicFellowNext

あなたを知りに来てください。


長い人生の道のり
一番のパートナーは
自分自身だから。