意識がどこに向いているか?
どこにフォーカスしているか?
それを使う表現する発信する
意図はなんなのか?
の違いだけかもしれない
だって、本来みんなが持っているもので
得意不得意
強弱があるだけで
それは平等にみんなに
与えられているもの
それを使おうとする時
なんの為に
何にフォーカスして
どんな意図を持って
が重要なだけで
本来本物も偽物も無いのかもしれない
ある意味
ちゃんと繋がれている人は
執着し固持しようとする事で
取り上げられる、失うものだと
知っている
だからこそ執着は無い
固持しようともしない
必要なようになるとしか思っていない
人間的に優れていても劣っていても
何をもって何と比べて
優劣をつけているのか
能力的に優れていても劣っていても
何をもって何と比べて
優劣をつけているのか
それは自分の狭い枠での事に過ぎない
料理が上手でも
キッチンはヒッチャカメッチャカ
かもしれない
掃除は得意でも
掃除用具は汚ったない
かもしれない
洗濯は得意でも
洗濯機はカビだらけ
かもしれない
さあ、何をもって優劣をつける??
それはそれぞれの
物差しでしか無い
その物差しですら
持つ人の経験や器あらゆるもので
変わってくる
って考えていくと
本物も偽物もどーでも良い
それを見て何を感じ
自分自身が何を選ぶかが
大切なんだ
本物も偽物も関係無い
選ぶ人間の問題
そして本物も偽物も無い
繋がり先が低次か高次か
波動も低次の強さか高次の強さか
自分のセンサーが正常なら
ちゃんと感じられる
まずは、自分のセンサーを
正常に戻す事
本物だ偽物だ言う前に
自分のセンサーの点検から
始める方が良いのかもしれない