311から、5年
私の震災への思いは
癒えていたかのように
思っていましたが…
まだまだだったようです



熊本に地震が来て
私の中で311の記憶が
蘇りました…
苦しくてたまらなかった…



相棒に
お前も心は被災したんだよ
被災したかったのに
出来なかったから
苦しかったんだよ
そう言われて
蓋が開いた氣がしました



311の時
テレビから流れる
地元の様子
生死のわからない
地元のみんな
時間さえあれば
避難所の名簿を調べ
安否確認を調べ
友達からの生死の連絡



当たり前に在り続けると
信じて疑わなかった全てが
失われた瞬間…



ちっぽけでちっぽけで
何も出来ない自分
お金がなかった頃で
物資を送りお金は底をつき
地元に行く事も出来ない
情報を掻き集めてはシェアして
偽善者と罵られ
あらゆる罵声や避難を浴びても
SNSで、苦しい誰かに
大丈夫だよって
生きていて良かった
今は苦しくても生きて欲しいって
発信し続けました
私が誰に責められようが
痛くも痒くもないと
でも、心はしっかりと
病んで行きました



自分のいる場所は
何も変わらず
被災していない
全く関係ないこの地域の人の
被災地へのあらゆる声に
私は心をドンドン閉ざしていきました



正直
ここが被災すれば良かったのに
SNSの住人に
お前が被災すれば良かったのに
そして、私が被災すれば良かったのに
と、わけのわからない怒りを
抱えていたんです
瓦礫受け入れの賛否は
それに拍車をかけました
悪者探しの
なすりつけあい
誰1人として
私達の日本と言う意識を
感じれなかった
自分達すら良けりゃ良いんだろと
拗ねていました
逃げろと言うばかりでは
動けない地元の声
仕事や家を捨てて
動ける程の力は
あの津波から命辛々逃げた直後
とても酷だと



できる訳などないけど
被災地のみんなの苦しみを
私が全部背負いたい
そう思っていました
でも、背負う事すらできない
結局は何事もなく
何も起きなかったこの場所で
生きている自分を
ずっと責めていたのかもしれません



私はずっと怒っていました
悲しくて悔しくて



熊本の震災が
それを教えてくれました



だからこそ
あなたはどうするの?
何をするの?
あの日学んだ事は何?
氣付いた事は何?って




だから私は
現実的に出来る事をする
スピリチュアルの人間として
ここで出来る限りをする
そして
自分の中にあった
沢山の悲しさ
沢山の怒り
沢山の悔しさと
徹底的に
向き合おうと決めました




あの日311に
私は本当は
泣きたかったんだ
怒りたかったんだ
悔しかったんだ
でも、私は被災して無いから
泣いちゃダメだ
怒っちゃダメだ
悔しがっちゃダメだって
無理にでも真ん中に立とうと
していたんだなって



苦しかったなぁ(笑)



もう、真ん中に無理に
立とうとしなくて良い
しっかりと両極を
右往左往して初めて
真ん中に何があるかが
見えるのかもしれない
そう思えた時
私は誰がなんと言おうと
私であって良い
間違っていようが
私は私の想いを
大切にしよう
間違いに氣付いたら
そこからまた
やり直せば良い
そう思いました



大切な景色が
一瞬にして消えゆくのは
とても辛い事
在り続けると思っていたものが
一瞬にして消えゆくのは
とても辛い事
でも、私達はこの地球の
生きるあらゆる流れの中
何度も破壊と再生を繰り返し
素晴らしい景色をまた
作り上げる力がある
そう、私達が信じて
自然と共にある限り
あらゆる事を受け入れ
共に流れていく
その為の叡智を
私が受け取り
伝えていけるならば
とてもそれはありがたく
幸せな事
恐れることなどない
全ては守られ
完全完璧なんだ
不完全な私も
不完全なこの世界も



あの日より成長した
私がここにいる
それは、あの日が私にくれた
ギフトなのかもしれない