カルカッタ(コルカタ)はインド・西ベンガル州の州都。その都市圏は人口1400万人を擁しインドはもとより世界でも有数の巨大都市である。ハウラー駅はここカルカッタにおける中心的な鉄道駅で、こちらも一日の乗降客数が100万人を超える世界でも有数のターミナル駅である。ちなみに、その歴史は古くイギリス植民地時代までさかのぼること170年ということで、現存する世界最古の鉄道駅らしい。

 

この駅は何度となく利用した。そして、1997年の夏に、まだ彼女だったころの妻や友人と4人でインド旅をした際に訪れた。ハウラー駅始発の夜行列車でオリッサ州プリーへ出発する予定で、我々は夕方に駅に到着。インドの駅は改札がないので、巨大な駅舎をくぐってプラットフォームまでそのまま行き、そこで列車を待つ。いつもだいたい少し遅れて列車が入線してくるのだが、この日は1-2時間は遅れそうな見込みだとわかった。仕方ないので、荷物のリュックたちをプラットフォーム上に置き、地べたに座り込んで待つことにした。日も暮れるなか、灯りが少なく駅の構内はどんどん薄暗くなってくる。風の通りが良くなく少し暑苦しい。

 

少しすると、子供たちが我々に話かけてきた。この子供たちは、親兄弟もなく駅に住んでいると思われる、いわばホームレスの子供たちで、小学校低学年くらいの年齢だろうか。普段はペットボトルやジュースの瓶を拾っては小銭を稼いだり、行き交う乗客をつかまえては無理矢理荷物を持ったり案内したりしてチップをせびったりして暮らしている。入線してくる始発列車の自由席の車両にいち早く乗り込み、席を取ってそれを勝手に乗客に売りつけたりすることもある。この時は、あまり記憶にないが、外国人である我々を見つけて、何か恵んでくれのようなことを言われたと思う。私も最初は適当にあしらっていたのだが、列車を待つ間かなり退屈だったこともあり、いろいろ世間話をしはじめた。言葉は英語である。もちろん学校など行ったこともない子供たちであったが、我々のような外国人と接しているうちに覚えたのだろう。かなり流暢に話ができた。そして段々話しているうちに仲良くなって、しまいには「何か歌でも歌え!」というと、流行りの映画の主題歌を元気に歌い始めた。ホームレスなので普段は自分の生活を自分で立てていかねばらならい厳しい状況であったが、歌でも歌えば屈託のない子供そのものだった。

 

ひとしきり盛り上がると、リーダー格の子が「いいものをあげるからついてこい」と言って私の手を引っ張った。ある場所に着くと、ここでしばらく待てという。しばらく待っていると、焦げ茶色の液体が1/3ほど入ったプラスチックのコップを手にして現れた。これをふるまうという。さすがに一瞬怯んだが、少し口に入れてみると、なんと炭酸が完全に抜けてシロップのようになったコーラであった。あちこちの空き缶や空き瓶の底に溜まっていたものを少しずつ集めてきたものだと想像させられた。我々からすると腹を壊しそうでキケンなことこの上ないのであるが、これはこの子が苦労して集めたものであり、楽しみに隠していたものに違いないと思うと、このぬるいコーラが彼のとてつもない純粋な友好の証のように思え、少し感動した。人は友情を感じると、大事なものを差し出すという形でそれを相手に伝えたいと思うらしい。そのような「人」の根源的な善なる部分をこの子が見せてくれたような気がした。


ちなみにこのコーラを全部飲み干したかは記憶に定かでない。

 

(おわり)