イスラエルに1週間滞在したのち、再びヨルダンのアンマンに戻り、そこで数日過ごし、エジプトに向かった。ヨルダンからエジプトへは数時間の船の旅。ヨルダン南部の紅海の港町であるアカバから、モーゼが十戒を授かったシナイ山のあるシナイ半島のダハブまで国際船があるのだ。その後シャルムエルシェイクというリゾートでスキューバダイビングをして、首都カイロに向かった。(ちなみにリゾートといっても私が泊ったのは街はずれのYMCAである。ちょっとした体育館や大きな食堂があったり、シンプルで味気ないながらも学生の合宿を受け入れられそうな立派な施設であったが、客は私一人であった。また、ダイビングは私にとっては大きな出費だった。ダイビングショップが売るランチも飲み物も買わず、悪い客だったと思う。)

 

カイロに到着したあたりが8月の下旬。理由あってこれか50日近くカイロに滞在することになるのであるが、それは後ほど記すとして、とりあえず、このあたりでちょうど2月に日本を出発してから6カ月半ほど経過。全期間的の半分くらいに差し掛かったことになるわけだが、前半を振り返るとどんな旅だったのだろうか。

 

この6カ月半の間で、インド・パキスタンの南アジアの世界、イラン・中東のイスラムの世界、東欧の世界と、いくつかの文化圏を旅するうち、どこへ行ってもあまり違和感なく順応できるようになったことは良かった。最安の交通手段を駆使し、最安の宿を見つけ、地元の食堂で食べ、ビザを取り自分の足で国境を越え、少し大げさだが大陸をサバイバルできている自分に自信もついた。周囲に言葉が通じない人に囲まれて完全に「アウェイ」の状態でも怖じ気づかない度胸もついた。これらは私にとって間違いなく欲しかったものであった。他方、変化というものに慣れてしまい、かつてインドに初めて訪れた時のような鮮烈な刺激やカルチャーショックを感じなくなってしまった。どこへ行っても違和感なく順応できるのは良いことだが、面白味も薄れてきたといえる。ちなみに、順応力が高まる(面白みが薄れる)につれて、土地の言葉を憶える動機も希薄になった。旅のはじめにインドやネパール、パキスタンにいた頃は割と熱心に言葉を憶えようとして、いつも単語帳のようなメモをポケットに入れて、街に出ると練習していた。その結果、買い物をしたり道を尋ねたりする程度の言葉を憶えたし、なによりも地元の人のウケもすこぶるよかった。それがイランあたりから覚える単語が減り、東欧やトルコではほとんど覚えなかった。アラブ世界のシリア・ヨルダンに差し掛かると心機一転また言葉を覚えようと一瞬思ったが、英語も通じるし、面倒になってしまった。それ以降は簡単な挨拶以外は覚えなくなった。

 

旅が続く日々というものにも随分と慣れた。これまで最長でも1カ月の旅だったことから、最初の頃は果たして長い旅に順応できるだろうかと思っていたが、最初かなりノンビリ楽々ペースから始めたことが功を奏して、うまく旅生活にシフトできたと思う。一人で居るときはかなり孤独で寂しいこともあったが、日本が恋しくはなかった。むしろ色々な人に出会って刺激を受けた結果、さらに色々と行きたいところが増えた。長いこと色々な国を旅している人も何人も会い、自分ももう1年くらい旅しても良いかもしれないなどと思ったりしていた。かつてとは時間の感覚が変化したと思う。人生は長い。たくさん寄り道して生きていくのも悪くないと。旅からの帰国後、アメリカの大学院に留学することになるのだが、このような感覚の変化なくしては、とても行かなかったと思う。また、留学後も30歳から社会人を始めたのだが、以来年下の上司が常に周囲にいるような状態が続くも、「まあいいか」と自身として受け容れてこられたと思う。長い旅は少し人生観を変えたのかもしれない。

 

また、旅は思い通りにならないことが多い。鉄道やバスは時間通りになど走らない。暑いときは水を浴びて、寒いときは少し着込むわけであるが、貧乏旅行のこと、日本に居るときと違って、暑さ寒さが完全に解決されることは少ない。特に南アジアの街では日本の生活ではないレベルの臭いや騒音があったりするが、これらに対しては何もできない。じっと耐えてやり過ごすしかないことが多いのである。物事を甘んじて受け入れるのは簡単なことではないが、以前よりそれができるようになったように思う。そして、それができるようになったことで、いままでより物事を楽観的に捉えられるようになった。思い通りにならないことをより多く受け入れて、ものごとを楽観的に捉えられるようになることは、自分の中の器を多少なりとも成長させることにつながったと思う。勉強も部活もほどほどだった私にとって、貧乏旅行は自身の人生にささやかな成長をもたらした時間であった。


↑滞在した宿があるカイロの下町。この通りは果物屋が並ぶ。完熟の美味なマンゴーが100円しなかった。

 

(つづく)