結局ブルガリアには5日間のみ滞在しルーマニアへ。ルーマニアには首都ブカレストにたった3日だけ滞在しハンガリーへ。ハンガリーではの首都ブダペストに半月ほど滞在し、その後、ユーゴスラヴィア連邦のセルビアと北マケドニア(当時のマケドニア)、ギリシアを通過してトルコに戻った。わずか一カ月足らずの東欧の周遊だった。特にブダペストからイスタンブールへは2泊で移動した。その行程の1泊目は、まず朝ブダペストから鉄道で出発し、昼過ぎにセルビアの首都ベオグラードに到着。ベオグラード駅前のカフェでビールを飲んで時間をつぶし、夕方の夜行列車に乗り翌朝ギリシアのテッサロニキという地方都市に到着。

 

 

このベオグラードからテッサロニキまでの区間は2回国境を通過した。以前も記したバスの場合と同じで、越境する国際列車の切符を通しで買うと料金が高い。まず国境の手前まで切符を買って、国境の出入国は歩き、入国後に新たに切符を購入して列車に乗るとトータルの料金がぐっと下がる。もちろん国境の駅で列車を降りて国境を渡り、また鉄道に乗り直すのはかなり面倒である。出入国手続きに時間を要してしまい国境まで来た同じ列車に乗れることもないことが多い。通しの切符を持って列車に乗り続けていれば、そのまま車内で出入国の手続きができる。ただ、貧乏旅行者の私に通しの切符を買う選択肢はなかった。

 

また、この半月ほど前にルーマニアからハンガリーに移動したときは、国境までしか切符を買っていなかったにもかかわらず、特に車掌から咎められることもなかったので、国境の駅に到着しても下車せず、知らんふりしてやり過ごした。やがてルーマニアの係官が出国の手続きのためパスポートをチェックしにやって来たが、特に切符をチェックすることなくパスポートに出国のスタンプだけ押して去っていった。その後列車がノロノロと動きだし、国境を越えて、ハンガリー側の駅に到着して入国のパスポートチェックを受ける。すべての乗客の手続きが終わって首都ブダペストに向けて列車が走り出すとハンガリー鉄道の車掌が現れたが、何事もなかったように国境駅から首都ブダペストまでの料金だけを請求された。このとき「なーんだ、通しの切符なんて買う必要ないではないか」と思った。(※外国で日本人の恥をさらすようで大変心苦しいが、もう時効なのでどうかご容赦願いたい。)

 

ただ、この日の朝、ハンガリーからセルビアのベオグラードに移動したときは、この知らんふり作戦が通用しなかった。ハンガリーとセルビアの国境に近づくと、車掌がやってきて私の切符をチェック。「キミの切符は国境までだ。必ず国境で降りてくださいね」と念を押された。やがて国境の駅に到着し、知らんふりしていたら、同じ車掌が再び現れて「さあ国境の駅だ。降りなさい」と言われてしまった。ここまでやられてしまってはもはや逃げることはできず、仕方ないので差額を払った。車掌はあきれるように大きなため息をついて料金を精算した。ハンガリーは東欧でも上位の先進国であるが、さすがに鉄道もしっかりしているなと思った。

 

と、そんなことがあったばかりだが、私は性懲りもなくベオグラードからギリシアのテッサロニキまで通しで切符を買うことはなかった。乗った列車は夕方にベオグラードを発つ夜行で、北マケドニアとの国境通過は夜中である。国境に到着する頃にはほとんど乗客もいない。そしてセルビア鉄道の車掌も来なかった。私は知らんふり作戦を実行した。無事国境を通過してマケドニア側に入ると、マケドニア鉄道の車掌がやってきた。車掌のおじさんはおとぎの国のテーマパークのキャラクターのような、やや大げさにも見える古臭い制服を着ていて、鼻の下には両端が上を向いたオールドファッションのヒゲをたくわえている。切符を見せるように言われたので、セルビアとの国境までしかないと答えた。おじさんは一瞬眉をしかめたので、通し料金との差額を払えと言われてしまうかなと一瞬思ったが、おじさんは話のわかる人だった。「東洋から来た若者よ、心配するなかれ」とでも言い出しそうな労わるような表情をしながら、人差し指を口の前に立て「私に5ドル払いなさい。そして水に流そうではないか」のようなことを片言の英語で言った。これは完法律違反であろうが、少なくともおじさんと私にとってはウィンウィンの解決策であった。

マケドニアはハンガリーとは違い、旧ユーゴスラヴィア連邦の中でも最も後進の国の一つである。だが、ハンガリーのような官僚主義の世界では失われてしまった、血の通った人間のやり取りがあるように感じた。法律違反には違いなく決して褒められたことではないのかもしれないが、私は単にお金を節約できたこと以上に、このやり取りに出会えたことに嬉しかった。

このやり取りから少し経つと、列車はマケドニアの首都スコピエに停車した。深夜1-2時頃であったと思う。それにしても首都にしては街の明かりは少なく、人っ子一人で歩いていないかのような静かな印象だった。いつかあらためてこの国に来たいと思った。

 

(つづく)

 

 

 

の切符しか持っていなかった

次にハンガリーの係官入国国境を通過した。