家を出た土曜日と翌日の日曜日、役所の受付が出来る月曜日まで待機する為、ビジネスホテルで一時避難。


少しゆっくり休みたかったけれど、そんな暇はない。


まず色々な所に連絡しなければなりません。


でも携帯電話は家に置いてきてしまったので、連絡先は一切わからない状態。


それでも、私は限られた必要最低限の場所に連絡する事が出来ました。


それは、警察に送ってくれた友人Kさんが家に余っていたスマホに回線を繋げて私に持たせてくれたからです。


私は、シェルターに入ったら携帯電話は没収されてしまうので一ヶ月以上は通信出来なくなるし、繋げたことで通信費もかかるし本当にいいよと言いましたが、それでも良いから持っていってと渡してくれました。

なので、その友人とはショートメールで連絡&通話が出来る状態になっていました。


私が連絡しなければならない職場や友人の連絡先をその友人が調べて教えてくれて、私はビジネスホテルの電話で各所へ連絡する事が出来ました。


その中で連絡したのが、DVの相談等はしていなかった、近所で親しくしていた息子と幼稚園からの知り合いで幼馴染の女の子(子供達は両想いという事が判明した直後で引き裂いてしまいました・・・)のママで友人のYさん。



その友人Yさんは、避難場所を言うと、私たちの為にありったけの身の周りにある物をバッグに沢山詰めてすぐに駆け付けてくれました。


友人Yさんの旦那さんと娘さんは、うちの子供達をあの男に見つからないように遠くのレストランに連れて行ってくれるという事で、外に出て行きました。


友人Yさん。二人になった途端に、「何で相談してくれなかったの!?」「急に遠くに行っちゃうなんて嫌だよ!!」と私の為にボロボロと涙を流してくれました。

私はその時、大人になってから初めて人前でおもいきり泣きました。


それから暫く沢山話をして、学校がお休みで連絡が取れないのでどうしようという事になりました。

子供達が4年生の時お世話になっていた先生の連絡先を知っている友人がいるという事で、何とかその先生に連絡を取る事が出来て、週明けからもう学校には行けない事を説明できました。


その友人Yさんも、おそらく子供に持たせるために持っていたピッチという電話を持ってきてくれて、いつになってもいいから持っていって!と言って持たせてくれました。


私は、友人のKさん、Yさんからそれぞれスマホとピッチを貸してもらって、二台の携帯電話を持つことになりました。


私は何よりその友人たちの気持ちがとても嬉しくて、とにかく感謝とその電話を持っている事で繋がっていられる安心感で心がいっぱいでした。



そうこうしている内に、Yさんの旦那さんと子供達が戻って来ました。


子供達は皆ニコニコ笑顔で帰ってきました。


夜も遅くなり、お別れをしました。凄く悲しかったけれど、また会えるのを励みに頑張ろうと思えました。


別れ際、笑顔で帰って行った幼馴染の女の子、私達とわかれて帰る車の中で大号泣だったそうです。私たちの前では必死に泣くのを我慢してくれていた・・・。子供なのにそんな気遣いをしてくれていたその娘さんにも、本当に感謝です。



Kさん、Yさん、Yさん家族、本当にありがとう。