叱る基準。
最近特に夜な夜な旅をしている途中であります。
見事に自分の生き写しのように育った娘。
娘の為にと叱る瞬間も、
まるで自分自身に言い聞かせているようであり、
娘に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
つくりあげたのは私。
常に念頭にあるのは、
まわりとの調和。
そんなんじゃお友達に嫌われちゃうよ。
そんなんじゃ先生に可愛がってもらえないよ。
そんなんじゃみんなに笑われちゃうよ。
そんなんじゃみんなについていけないよ。
エトセトラ
違和感でいっぱいです。
自分の、子育てに対する考えのあまりのスケールの小さに情けなくなります。
娘、口は達者で頭は回転してるんだろうけれど、
とにかくとろい。
遅い。
なんか最後の方。
なんとなくビリ。
幼稚園では、しえ待ちは珍しくない。
外側から見たら、
マイペースなしえちゃんなのでしょう。
マイペースという言葉も、
いただく方は、
しつけの至らなさを指摘されとるようで、
謝ってしまう自分がいます。
集団で生活していくには、
やはり行動を早くしつけるのは当然です。
が。
例えば靴を履くのが遅い娘は、
どうしてそこまでゆっくりなのかたずねられると、
この靴で早く走るイメージをしていると言いました。
翌日は、工場の人がどうやってこの細かい色を塗ったのか考えていたと言いました。
例えば歩くのが遅い娘は、
いつもの散歩道のどこに蟻の巣があるか知っています。
昨日咲いていた5ミリくらいの小さい小さい花が、今日枯れて無くなった事を知っています。
早くしろと急かすのは、わたしの事情。
大人の事情。
ダラダラと、遅いは違う。
目はキラキラしてるはずです。
きっといっぱい、色んな事を考えてます。
大人じゃ思いつかないような事を。
早くて便利でラクチンな時代の流れと、子供の歩幅を一緒にしたくないです。
娘の歩幅で、見えてくるものをこぼさず大切にしていってほしい。
娘のトロさを決していいとは思いません。
ただ、娘のようにのんびりなお友達、
まわりと馴染めないお友達や、
口より先に手が出るお友達、
ついつい乱暴になってしまうお友達、
本当に色んな子供がいます。
それをむりやりまとめんでくれ。
はじかないでくれ。
普通じゃないから、
目立つから、
それは、何目線でござるか。
輪を乱すはみ出し者を、
自信を持って育てているお母さんが、私には輝いて見えるのです。
私は、大人の物差しでは計れない、
計り知れない無限の子供の個性や可能性を、
コンパクトにまとめる作業はしたくないです。
そんなんなら孤島へでもゆけ。
って話ですが、
輪は、別にまるくなくてもいーんじゃないでしょーか。
そんな思いは、
変わりません。
何度かここに書いた姪は、
先生にマジで心配されてる超ヘビー級の天然マイペース不思議娘です。
みんなのペースが苦手です。
ただそれは大人から見た彼女の姿の話です。
姪はひとりぼっちのお友達に誰より早く手を差し伸べられる優しさを持っています。
他に何が要る。
何よりも勝る財産だと思っています。
何ヶ月で寝返ったか立ったか話したか
ミルクは何回だ夜泣きはどーだ何才で歩いたか
何才で字が書けたか計算ができたか
産まれてからずっと、
まわりと比べていないと不安で
まわりと同じじゃないと焦って、
何かに追われるように
まるで競い合うように
子育てしてきたわけですが、
娘なりに娘のペースで生きる姿を信じて見つめてくれば良かっただけで。
競うその相手は自分自身なわけで、
とっぱらって
自分を変えて視点を変えて
視線を合わせたら、
もっと他に大切なものが見えてくる気がします。
つらづらともんもんと、
書きなぐりましたがやはりまとまりません。
こたえなんかなくて。
それがこたえなのかな。
