蒼太 | 蒼空日記

蒼空日記

しあわせダイアリー

ブログをこっそり始めて感じたこと。
子供さんの闘病生活を、生き様を、きちんと日記にしてアップして残してらっしゃる親御さまがあまりにたくさんいらっしゃったこと。
辛さと真正面から向き合い、更に公にするというその精神力に驚かされ、自分の弱さを改めて痛感しました。
当時はただただ泣く、攻めるの繰り返しで、目の前の現実を、気持ちを、言葉で表現することなんてとてもできませんでした。
今もあまり変わっていないのかもしれませんが、
月日が経ち、振り返り、ほんの少しだけ見えたやわらかい気持ちを残したいと思いました。





私には、息子がいました。
腸をほとんど取り除かなければならない状態で産まれ、何度も手術を受けました。


傷だらけ、管だらけになりながら、目も見えない、ミルクも飲めない中、母親に抱かれる温もりを知らずにいても生きることを諦めなかった、
なんとも男らしい、誇り高い最高の息子です。




息子のお世話になった病院は、全国から難病の子供の集まる病院でした。


一分先の保証はできない
明日の保証はできない



入院してすぐ、日本で指折りの名医に言われた言葉です。
一瞬、絶望の果てに存在する景色を見ました。

生きようと奮闘する息子を前に投げかけられる言葉は、残酷でした。
治療や経過の説明を受ける為に向かう個室へ続く景色や匂いは、今でも黒く鮮明に残っています。

あの部屋には多分真実が在りました。
ただ、あの部屋を出て息子に触れれば、奇跡を本気で信じる事ができました。
息子は、生きているんだから。





息子の触れられる場所を撫で、
お願いしました。


私に似たやわらかいくせ毛。
テープが貼られていない、わずかにのぞくやわらかいほっぺ、手、足。




どんな姿でもいい、生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。生きて。
おかあさんのそばにいて。
おかあさんよりながく生きて。

生きて。




洗剤の匂いのふかふかなお布団も
おなかいっぱいのおっぱいも
四六時中居られるはずだったお母さんの腕の中も
やさしいオルゴールも
家族の声も
あったかいお風呂も


なにひとつあげられないのに、
痛いことと苦しいことと、さみしさしか知らないあなたに、お母さんはお願いしたね。


私は産まれて間もない、傷だらけの小さな命に、甘えました。


息子は、こたえてくれました。
お腹にあいた穴、手術の傷、鼻から入る管、ひとつひとつ、とっぱらってった。
数滴の水を口から入れられる時間になれば、元気に泣いて欲しがったね。
たった数滴の水を、むせるほどの勢いで飲んでいたね。

僕は生きるんだって、大きな目で語ってくれたの、おかあさん聞こえたよ。
カメラを向ければ目をそらす事はしなかったね。
まるで今をしっかり残してほしいとお願いされてる気がしたよ。

面会時間が終われば、おかあさんはお姉ちゃんのお迎えに行き、悲しみを少しだけ紛らわせた。
でも、あなたは休むことなくたたかい続けたんだよね。

機械音とつめたい静けさしかない暗い夜を、あなたはどんな思いで乗り越えたんだろう。

夜中に顔が見たくて無理言って会わせてもらった時、おかあさんの顔見て泣き止んで微笑んでくれたね。
おかあさん、あの瞬間のお顔が忘れられないよ。

ミッキーマウスマーチ、おかあさんとよく歌ったね。
アーアーって、上手に歌ってた。

絵本を開けばちゃんと目で追って聞いてくれたね、時々おかあさんの顔見たりして。



ずっとね、続くと思ってたのおかあさん。
あなたといる時間がとってもとってもいとおしくて。
あなたがいなくなるなんて、やっぱり何かの間違いだって。


その深く澄んだ大きな瞳で、見てもらいたいものたくさんあったから。
機械音だけじゃなく、大きな自然の中の音、やさしくあなたを呼ぶ声、まだまだ聞かせたい音たくさんあったから。
おかあさんの下手なごはんや、甘い甘いチョコレート、食べてもらいたかったから。

おかあさんは想像したの。
点滴をポッケに入れて、元気に走り回るあなたの姿を。

あなたが、おかあさんて、呼んでくれる日を信じない日なんかなかったよ。





初めて外出が許され、家に帰った日、
海を見たね。
空を見たね。
花火をみたね。
いっしょに寝たね。



二日後、星がとってもきれいな夜に、私の腕の中で、息子は旅立ちました。

病院からの帰りに息子と見た朝日は輝き、見たことも無い色をしていました。



七ヶ月の命を強く生き抜いた、息子の色をしていました。













私は気づくのです。
何気ない日常に心から幸せを感じてしまうのです。



娘から伝わる体温
それを感じるだけで、涙が出るほど幸せなのです。
娘が息をして、笑ってる
それを見れば、これ以上ない幸せに包まれるのです。




時々は、振り返ります。

亡くなった息子と同じくらいの年齢の男の子を見れば、自然と涙は出ます。
外に出れば元気に走り回る小学生だらけ。
思い起こすなと言われても、
それは、残念ながら私にはできません。

ただ、幸せなのです。




先が見えなくとも、ただ生きることを全うした息子に、
私は、幸せのかたちをはっきり教えてもらえました。



目に見えない、言葉になんかならない、この感情こそ、間違いなく息子が命に変えて残してくれた、幸せそのものです。


息子の死を受け入れ、息子の生きた意味を考えることでいろんなことに気付かされます。



私は生について考えながら旅を終えると思いますが、息子の存在がなければ、それすら見向きもせず、目の前の楽しみを消化するだけの人生に違いありませんでした。



生きていれば人は必ず幸せを見つけられます。
幸せに気付くことができます。
どんな姿かたちであろうが。
生きてさえいれば。







わたしがいるよ

って、いつも支えてくれる娘。


命を教えてくれた息子。


素晴らしい子供達にであえた私は、本当に幸せです。


ありがとう










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