今日は、なんとなく書きたいことを、ここに記します。
やっとあの時の私から卒業し、更なる飛躍の時期に来たと思う。
思い出すと、あの日々に引き戻されてしまうから、もう引き戻されない決意と共に。
※「子供」を「子ども」とあえて書きます。子供の「供」は、お供えするという意味があるため。
※赤字で、今の気持ちを書いていきます。客観的に見てさらにデトックスするために。
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何年か前のある朝。
更年期かと思うくらい、すごく熱っぽく、少し歩いただけでも息がハカハカしていた。
「なんだろう・・・やっぱり、更年期か??」
(子どもができにく体質だったので、妊娠とは考えませんでした)
ねこちゃんが来てまだ一か月過ぎ、大きな部屋に引っ越しを考えていた時だった。
会社帰り、更年期のサプリメントと、妊娠検査薬を買って家に帰った。
念のため、サプリメントを飲まずに、妊娠検査薬を試したら…妊娠反応!
本当に?
前にも、反応合ったけど、生理のタイミングで、流れたかもしれないと言われた過去を思い出した。
彼に妊娠を告げた。。。反応は、とても喜んでくれた。
幸せだとも言ってくれた。
一緒に楽しい毎日にしようと。
翌日病院で、6ミリの子どもを見せてもらった。
幸福感以外何もなかった。
幸せだった。
ここから・・・私の壮絶な妊娠期間のスタート。
彼は、安定期に入った頃から、家に帰って来なくなった。
帰ってくるのは1週間に1回から1ヶ月に1回とドンドン心の距離が増えていった。
(今思うと、この人じゃないと妊娠しなかったかもしれない。と思える。)
女ができたわけでもない。
愛しているという言葉とメールのやり取りだけは続いていた。
(女がいるなら、今すぐ別れると言ったが、女がいるわけないだろうと言っていたっけ。今となれば、どっちでもいいこと)
そして、男の友人の家に住み始めていた。
私のことは、大好きだけど、子どものことを考えると怖くて、一緒に居れないと彼は言いました。
(愛する意味をわかっていなかったんだろう。。。男を見る目がないんだな~私)
意味が分からなくて、毎日耐えた。
1人っきり、ねこちゃんと耐えた。
周りの人に沢山支えていただきながら、
耐えた。
怖かった・・・苦しかった。。。
そして、自分の人生を憎んだ。
まわりの幸せな人たちは、入籍して、夫婦になって、子どもを育てる。
そんな当たり前のような、日々は私には来なかった。
(幼馴染のことも、うらやましかった。同時期に妊娠したし。どうして私だけってね。)
子どもが、生まれる日一緒に居たけど、結局緊急で帝王切開。
生まれて初めて子どもに触れたのは、1番目お医者さん、2番目看護士さん、3番目私、4番目パパ。
だけど、彼は、その日以外会いに来たのは、一回。
退院は、臨月の幼馴染が手伝ってくれ、送ってくれた。
(どんだけ悲しかったか。)
それから、毎日幼馴染が、家に来た。
今にもこの世から子どもと消えると思ったからだそうだ。
1年経った頃に、そんな話をしてくれた。
生まれて1ヶ月後、彼は、子どもを育てるのが怖いと言った。
虐待してしまうかもしれない、子どもという重責を背負うことはできないと言った。
ただ、ただ、私は立ちすくみ、彼は、一回だけ振り向いて、私たちの元から逃げていきました。
(私だって、母親になったのことがものすごく怖かった。。。子どもの人生と自分の人生を共に歩むって本当は怖いことだと感じたこともあったl。一生分の悲しみの涙を流したね、きっと。)
そして、毎日子どもと成長、子どもが先生、私が先生であり生徒。
沢山の学びを本当にありがとう。
沢山笑って、時々泣こう。
あなたと過ごす日々のために、働くことで苦しいときもあるけど、何があっても大丈夫だ。
守る人がいるって、こんなにも自分を強くできるんだって、生まれて初めての感覚と感情。
ありがとう。
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長文を読んでくださりありがとうございます。
彼だけが悪いように書いているけれども、私にだって至らないことは沢山あっただろう。
数年が経過して、やっとやっと、さよならを言えました。
メールアドレスは変えるときには、メールをくれる彼に。
もう二度と、子どもの写真を送ることも、一緒に笑いあうこともないのにね。
私は、もう彼を選ぶことは無いから。
ただ沢山の感謝とエールを送るだけ。
今、シングルを選択しているママパパ、もっと人生を謳歌しましょうね!!!
妬み・苦しみ・寂しさ・いろんな黒いものも白いものも全部自分。
受け入れて、楽しんでいきたいですね!