先ほどの続き



2



「…もしもし」


『あ、れーし?俺やけど』


耳に痛いほど元気な声が飛び込んでくる


酒がはいっているなと直感した


「どうした?」


『あんなー、今から俺の家こぉへん?それか、迷惑やなかったら俺がそっち行ってもええねんけど』


ええもんが手にはいったんやーと楽しそうな声で雪里は告げた


『ショコラ・リ・パブリックっていう店の…』

「知ってるよ」


『そっか、あんな、たまたま買うてもらったから一緒に…』


「買ってくれた奴と食えば」


思っていた以上に冷たい声が自分の口から出てきた


ダメだ、雪里を傷つけたくないのに


「それかお前女の“友達”だっているんだろ。俺甘いの得意じゃないし、そういう人誘えば」


やめなくては


せめて上辺だけでも氷を溶かして、なんてな、冗談だよすぐ行くから待っててと声をかけねば


なのに頭に書いたセリフは声にならずに静かな怒りだけが満ちてい

『…なんやそれ』


ぐ、と低くなった雪里の声すら氷を厚くする


「べつに、なにも。思ったこといっただけだろ」


『意味わからんねんけど。なに怒っとん?なにがあったか知らんけど八つ当たりなら他あたってくれへん?』


「…」


『俺は、ただ!前黎史の家行ったとき、雑誌の、この店んとこ折り目付けとったから!気になってんのかなって思って!』


あぁ、それはお前のためだよと黎史は心の中でつぶやいた


甘党な雪里のために時折買ってきては目を通す雑誌


折り目を付けるのは雪里に買って行ってやろうと決めた店だけ


『俺も気になっとったし、今日たまたま手に入ったから!やから…!』


ぴた、と声がやんでふと泣きそうなに声なって雪里は言った


『…黎史と食べたいなって、思っただけやん…』


なんでそんなこと言うん、と潤んだ声が小さく聞こえた


電波の向こうで瞳を揺らす雪里が安易に想像できて思わず口元を覆う



相変わらず感情の起伏の激しいやつだ


だから魅了されるのだけど


たまたま置いてあった雑誌の折り目のあるページを覚えていたこと

入手して真っ先に自分を思い浮かべたこと


なにより今泣きそうになっていること


その全てが黎史の黒ずんだ部分を増幅させていく


そしてその澱んだ部分はなぜか黎史に冷静な心をを与えるのだ


「ごめん、ここんとこ働きづめでちょっとイライラしたんだよ。すぐそっちいくから、一緒に食べよう?」


驚く程に柔くなった声色


溶けた冷たさに安心したのか雪里の声もまた明るくなった


『ん、わかった。おつかれ様やってんな。待ってるから俺の我慢が効くうちにきてや』


「わかった、俺がいくまで先に食うなよ」


はぁーいと間延びした返事に小さく笑ってじゃあ、と電話をきる


すっくと立ち上がって閉めたばかりの戸をまた開けようとして、ふと思い出したようにデパ地下の袋からケーキの箱を取り出して中身をみた


荒っぽく扱ったせいで形がくずれて内部にクリームの大部分が付着していた


これではもう食べられないだろう


黎史は玄関脇のゴミ箱へそれを捨て入れると、笑顔でドアを閉めた


fin