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大衆居酒屋が立ち並び『東京のスラム街』とも呼ばれる蒲田。※10年前情報
当時航空会社で働く関係で蒲田の近くの駅に住んでいたが、終電が遅くまである蒲田をたまに利用していた。深夜の蒲田はカオスだった。
現代、新宿で社会問題になっている立ちんぼだが、
10年前の当時の私はあまり見たことなかった。
そんな中、蒲田は立ちんぼが多かった。30代後半のおばさん達が数メートルおきに立ち、片言の日本語で行き交う男性に小さく声をかけている。
タチの悪い酔っ払いも多く
深夜でなくても自転車に乗るおじさんに後をつけられたり
深夜には酔っ払いに追いかけられたこともある。
しかし、大田区は住みやすくて好きだった。
物価が安く、ラーメン屋や焼肉屋や餃子など
私の好きな高カロリージャンクフード系の美味しい飲食店が多い。
独身で守るもの(子供とか)もなかったし、それまで練馬区と大田区にしか住んだことがなかったので、治安の悪さもさほど気にならなかった。
大学時代に練馬区に住んでいたが、就職で大田区の物件を探した時、家賃の高さに驚いた。
田舎から出てきた私は、それまで東京の中心が練馬区だと思っていた。(有名だし、ドラえもんが住んでいた舞台だし、池袋も埼玉も近い!)
大田区って家賃高いんだなぁ、、
別名『東京のスラム街』ほぼ神奈川県川崎だが
大田区に住んでいることにステータスを感じていた。
そんな勘違い野郎だったが、住んでいる場所に不満がなかったのだから幸せ者だったと思う。
合コンに参加する際、他の女の子が『表参道に住んでる』『麻布十番に住んでる』と言っていても、堂々と『大田区に住んでる』と言い、後ろめたさもなかった。『航空会社で働いていたので空港の近くに住んでいる』とちょこっとポイントアップのエピソードも話せたからおいしかった。
そんなこんなで、私は22歳から32歳まで
約10年間大田区に住んだ。
練馬に比べると高かったけれど、オーナーにおまけしてもらって1Kの家賃6万8千円。オートロックも付いているライオンズマンションだった。しかもクレジットカード払いできたのでマイルの貯まるカードで払い
毎年1回無料で沖縄旅行に行っていた。
新卒では高いと思った家賃は、25歳を過ぎるあたりの給料では十分払えたので
貯金も沢山できた。
激安スーパー、オーケーストアの本社もあり
食費も安く済んだ。
そんなこんなで、私の好きな街だ。
今思うと驚くほどホームレスが多く、深夜は目も当てらない惨状が繰り広げられているから
蒲田で子育てしたいとはあまり思わないけれど。
蒲田に住むんだったら、川崎よりの神奈川に住みたい。
家賃がグッと安くなるし、繁華街を避けたら
子供の遊び場も多そうだ。
繁華街には激安居酒屋も多いから
子供達を預けられたら
1人飲みも楽しそう。
27歳の時、川崎駅近くのラブホテル前でほぼ別れた元カレとホテルに入る入らないのやりとりを30分ほどしていて、
周りの人たちに笑われたのが懐かしい。。

