小さいころから今まで、嫌韓、嫌中、自衛隊応援発言を学校ですると、視野が狭いなどという答えが教員や生徒から返ってきた。なぜだろう?未だに理解できない。我が国に危害を加える隣国を問題視し、この国の行く末を案じるのは、国民としては当たり前だと思う。その当たり前のことを、視野が狭いという言葉で片付ける学校関係者。それだけでも許せないが、「日本だって悪いことをしたんだから。」という誤ったことを言った輩もいた。なんでこんなことが起こるのだろう?
私は今の教育問題はどうしても戦後に原因があると思う。戦後教育はそれまでの教育から、神話を排除し、修身を排除した。その結果、外国の顔色をうかがい、恥を忘れ、愛国心を持てない日本人ならぬ日本人が大量に生まれた。
つまり、戦後教育がずっと続けられたことが、私が聞いた理解できない言葉を生んだのだ。
今、大学に通っていると韓国人や中国人をキャンパスでよく見かける。
大学は国政には関係なく、留学生を受け入れている。むしろ知識人の教授達は、学生の国籍などは気にしておらず、愛国心などというと前時代的で、今はグローバルな視点が大切というような考えがあるように思う。
だが、何のための大学だろうか?
国を支える教養人の排出機関であろう。その教養人を育てる大学関係者ももちろん愛国心が必要である。グローバル化に対応することももちろん大切だが、日本国がしっかりした強国でなければ、グローバル化どころではない。したがって、このような状況下においては、韓国人や中国人の入国管理を徹底し、留学も考え直すべきではないか。
韓国人大統領の竹島不法侵入も薄れてきているが、国のトップが他国に不法入国するような国をまともに相手してはいけない。