Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察して行きましょう。

 

 前回の記事では前編後編に分けて、ガイエスブルク要塞を用いたイゼルローン要塞攻略作戦を取り上げました。

 

 そしてその中で、ラインハルトとオーベルシュタインの代理戦争が生じており、ケンプとミュラーはその犠牲にされていたと結論しました。

 

 宰相として帝国の実権を握ったラインハルトでしたが、キルヒアイスを喪失した直後であり、おまけに激増する業務に忙殺されており、公私ともに大きな激変に見舞われ、本調子ではありませんでした。

 

 

 

 これに対し、前宰相リヒテンラーデ公排除に功績のあるオーベルシュタインは、組織内で大きなパワーとなりつつあった。

 

 

 

 これを如何に牽制し、主導権を取り戻すのか?

 

 遠征は失敗に終わりケンプは戦死し、ミュラーは重傷を負いましたが、この水面下の抗争は、彼等を推薦したオーベルシュタインの譲歩で終幕を遂げました。

 

 

 

 無論、ラインハルトとオーベルシュタインの角逐は以後も続きますが、今後人事を巡っては、原則ラインハルトの考えで処理されるようになったのです。

 

 さて、そのラインハルトが初めて自前の組織を持ったのは、帝国元帥に昇進し元帥府を開いた時点にさかのぼります。

 

 その契機となったのが、彼が同盟軍の大艦隊を打ち破ったアスターテ会戦でした。

 

※この記事の動画版

YOUTUBE (4) 銀河英雄伝説解説動画第14回検証!アスターテ会戦【妖夢&魔理沙&霊夢】 - YouTube

ニコニコ動画 銀河英雄伝説解説動画第14回検証!アスターテ会戦【妖夢&魔理沙&霊夢】 - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)

 

 

 

 

迫り来る脅威

 第四次ティアマト会戦で武勲を立てたラインハルト・フォン・ミューゼルは上級大将に昇進し、断絶していたローエングラム伯爵家の相続を認められ、以後、ラインハルト・フォン・ローエングラムと名乗ります。

 

 

 

 そしてほどなく同盟領への遠征が決定され、その司令官として彼が任命されました。

 

 与えられた兵力は艦艇約2万隻。

 

 

 これに対し自由惑星同盟は3個艦隊4万隻の大軍を用意し、これを迎え撃ちます。

 

 

 決戦場となったのはアスターテ星域。

 

 倍の兵力を誇る同盟軍は3方向から帝国軍を包囲し、これを完全に撃滅する作戦を立てましたが、これは、約150年前、帝国最初の進攻を完膚なきまでに打ち破ったダゴン星域会戦の再現を狙っての事でした。

 

 

 

 迫りつつある彼等を察知した帝国軍では、部下の提督達がラインハルトの元に参集し、早期撤退を具申します。

 

 しかしラインハルトはこれを拒否。

 

 我が軍は圧倒的に優位な体制にあると主張し、決戦の意志を翻しませんでした。

 

 こうして帝国軍は、包囲網の中央に位置する、同盟軍第4艦隊に向けて全速前進したのでした。

 

 

 

鮮やかな逆転

 勝利を確信していた同盟軍ですが、ラインハルトはこれを逆手に取り、3個艦隊が包囲網を完成させてない隙を突いて、各個撃破戦法を取ります。

 

 

 これにより不意を突かれた第4艦隊は壊滅。

 

 

 更に、後背から奇襲された第6艦隊も、急速反転を試みますが、混乱の中撃破されます。

 

 

 そして、最後に残った第2艦隊相手にも、ラインハルトは優勢に戦闘を進めます。

 

 

 しかし、旗艦が被弾し、負傷したパエッタ中将に代わり、ヤン・ウェンリー准将が第2艦隊の指揮権を引き継ぎます。

 

 

 

 彼の作戦により形成は互角になり、消耗戦を悟ったラインハルトはヤンに激励の電文を送り、戦場から撤退。

 

 しかし、2倍の大軍を相手に2個艦隊を撃滅し、2人の司令官を戦死させる大戦果を挙げた彼は、念願の元帥号を手に入れる事になります。

 

 反面同盟軍は、2万隻以上の艦艇と150万を超える将兵を喪失すると言う大敗北を喫したのでした。

 

 

 

新たなる謎

 このアスターテ会戦は原作第一巻黎明編で、序章後すぐに行われているので、その顛末を知っている方は多いでしょう。

 

 

 

 また、展開も分かりやすく、その経緯や勝因や敗因も、既に語り尽くされている観があります。

 

 言わば、定説が確立されており、疑う余地もなかったのです。

 

 しかし最近、再び原作を読み返してみると、新たな疑問と、この会戦の意味を読み解くより大きな視点が見えてきました。

 

 

 

 まず、疑問点から見てみましょう。

 

 なぜ、同盟軍は帝国軍の兵力や位置を正確に把握できたのか?

 

 なぜ帝国軍は、接近しつつある同盟軍の艦艇数と距離、そして艦隊番号まで知っていたのか?

 

 これらの情報は本来、軍事機密に属するものの筈です。

 

 にもかかわらずなぜ、ラインハルトは自軍が包囲下に置かれるまで、何の対策も打たず、ひたすら艦隊を前進させていたのか?

 

 

 

原始的な索敵法

 まず、銀河英雄伝説の世界に置ける索敵について見てみましょう。

 

 今からおよそ1700年を経た未来、この世界ではステルス技術の進歩によりレーダーが通用しなくなっており、宇宙空間で敵を探知するには、偵察機や監視衛星等、原始的な手段に頼らざるを得なくなっていました。

 

 

 

 また、戦闘時には敵味方の妨害電波により通信状態も不安定で、宇宙では発光信号や連絡艇が、地上に至っては軍用犬や伝書鳩まで使われる状態になっています。

 

 

 

 この様な状況で敵の位置を把握し、その兵力数や部隊名まで割り出すのは至難の業です。

 

 事実、大きな戦闘の前には、両軍ともに大量の偵察機や索敵部隊を発し、正確な情報の入手に努めているのです。

 

 この情報無くしては作戦の立てようもなく、最悪こちらを発見した敵艦隊による不意の襲撃にさらされ、瞬く間に敗北する危険もあったのです。

 

 

 

情報戦

 さて、ここで同盟軍と帝国軍が、互いの情報をどの程度入手していたのかについて見てみましょう。

 

 まず、同盟軍は帝国軍に倍する4万隻の艦隊を動員し、優勢な兵力を活かして包囲殲滅戦を行う方針を取っています。

 

 

 これにより、同盟軍は帝国軍の兵力とその位置を正確に把握している事が分かります。

 

 更に戦闘中、第2艦隊を率いるパエッタ中将は、幕僚のヤンに、敵の指揮官がラインハルトで若い人物だと告げているので、帝国軍に関し、かなり詳細なデータを入手していたのが分かります。

 

 

 

 また、入手すべき情報として別動隊の有無があります。

 

 仮に帝国軍に別動隊がいれば、包囲網を敷く同盟軍の背後に出現し、奇襲攻撃を浴びせて来るリスクがあります。

 

 

 物語ではヤンを含めて誰もこの懸念を持っていなかったので、恐らく同盟軍は、帝国軍が密集隊形を取っており、別動隊を持っていない事も分かっていたはずです。

 

 

 

驚異の探知能力

 これに対し、帝国軍ではキルヒアイスがラインハルトに同盟軍の情報を伝えています。

 

 それによると、同盟軍の艦隊数、全兵力、艦隊番号、更に位置と進路が判明している事が分かります。

 

 

 これを聞いてラインハルトが驚いていない所を見ると、帝国軍も早くから敵情を正確に知っていた事になります。

 

 以上を踏まえると、帝国、同盟両軍は、少なくともアスターテ星域到着後より活発な索敵活動を開始し、偵察機や監視衛星の投入、小部隊による威力偵察などを行い、互いに十分な情報を仕入れていた事が分かります。

 

 特に、艦隊番号などは機密情報の筈ですが、これが全て帝国軍に判明してる所から見ると、敵旗艦や司令部の特定までラインハルトは済ませていた可能性があります。

 

 

 これらの情報を、幾多の制約を乗り越えて揃えられたのは驚嘆に値します。

 

 また、少なくとも情報面では、同面軍の能力は帝国軍に引けを取らなかったのが分かります。

 

 確かに、防衛側の有利さやフェザーン経由の報告もあったでしょう。

 

 

 ですが、質量ともに敵と遜色ないデータを入手している時点で、同盟軍も決して情報を軽視していなかったのは間違いありません。

 

 そして、ここでより根本的な謎に移ります。

 

 敵の正確な情報を掴みながら、なぜラインハルトは、同盟軍が包囲網を形成しつつ接近するまで何の手も打っていなかったのか?

 

 

 

無反応を貫くラインハルト

 ラインハルトはアスターテ星系侵入後、入念な索敵活動を展開し、迎撃に出た同盟軍の情報を、かなり早期に詳細に渡って仕入れていた筈です。

 

 これに対し、同盟軍はホームグラウンドの有利さを活かし、同星系に到着する以前より辺境の基地や索敵衛星などから、帝国遠征軍を調べるチャンスがあったでしょう。

 

 

 ここでは、両軍が互いの兵力や部隊編成、位置などを把握したのは、ほぼ同時期と仮定しておきましょう。

 

 ここで重要なのが、ラインハルトの動きです。

 

 同盟軍はこの時点で、帝国軍の艦艇が2万隻で、密集隊形で進軍中である事が分かっています。

 

 

 だからこそ、彼等は3個艦隊で敵の予想進路めがけて3方から接近し、包囲網を築き上げてその殲滅を図ったのです。

 

 

 問題なのは、同盟軍の兵力と部隊編成、そして恐らくはその戦法を知っている筈のラインハルトが、この状況をキルヒアイスに知らされるまで、何のリアクションも起こしていない事なのです。

 

 

 

奇策は苦肉の策

 原作やアニメを見ると、このアスターテ会戦は、いきなり帝国軍が絶体絶命の窮地に陥ったところから始まります。

 

 そして、奇策を用いたラインハルトが鮮やかな逆転勝利を演じた。

 

 

 これまでは、大方そのように考えられていたと思います。

 

 確かに、ラインハルトはその軍歴の始めより、襲い掛かる幾多の危機を、持ち前の知略と度胸、そしてキルヒアイスの協力で切り抜けて来ました。

 

 しかしその大半は、彼等の地位や権力、そして手持ちの兵力が足りなかったが故に、機転に頼らざるを得なかったケースで占められています。

 

 

 例えば、アスターテの先年行われた惑星レグニツァ遭遇戦や第四次ティアマト星域会戦でも、彼は大将になっていましたが、一個艦隊を統率する身分に過ぎず、上司のミュッケンベルガーや大貴族の思惑や采配に振り回され、自衛のため奇策を用いましたが、彼自身この様な手は邪道だと考えていました。

 

 

 ラインハルトは本来戦略を重んじ、戦う前に勝てる態勢を作る必要性を熟知していました。

 

 これは彼のライバル、ヤン・ウェンリーも同様でした。

 

 なので、大軍を統率する身になると、彼は本来の方針に基づき、大兵力を用いた正攻法で勝利を収めるようになります。

 

 

 

 謀略を用いる事もありましたが、これは原則、決戦前に出来るだけ敵を弱体化させるのが目的で、これのみで勝てるとは思っていませんでした。

 

 しかし、このドクトリンを実現できたのは、ようやく彼が元帥となり、宇宙艦隊の半数を指揮下に収める様になってからでした。

 

 それでもこのアスターテ会戦で、彼は初めて複数の艦隊を束ね、総司令官として1つの戦場全体をデザイン出来るチャンスを得たのです。

 

 

 

戦略か奇策か

 つまりこのアスターテで、ようやくラインハルトは局地的ながらフリーハンドを得たのです。

 

 そしてラインハルト自身は、常識的な戦略こそ真理であり、奇策はあくまでも非常時の手段に過ぎないと理解していました。

 

 

 にもかかわらず、この戦闘では敵に包囲される直前まで無為を貫き、まるでとっさの機転で逆転勝利を呼び込んだ様に見えます。

 

 しかしながら、彼の行動を制約する存在はいなかったのに、こうなるまで受け身に徹していたのは、大きな謎と言わざるを得ません。

 

 まして、かなり早い段階で同盟軍の兵力等を知悉していた筈ですから、なおさらです。

 

 一瞬の隙を突いての、天才的な時間差各個撃破戦法は、確かに鮮やかな勝利を彼にもたらしました。

 

 

 しかしそれは、本当に追い詰められた天才のひらめきだったのか?

 

 それとも裏に、入念な算段があったのか?

 

 次回後編でその謎に迫ります。