Mr. Short Storyです。

 

 今回も銀河英雄伝説について考察してみましょう。

 

 前回は前編として、原作第三巻雌伏篇の時期を扱い、ケンプとミュラーを将としたイゼルローン攻略作戦とその内幕について述べました。

 

 そしてその中で、この時期のラインハルトは本調子ではなく、翻ってオーベルシュタインはローエングラム陣営内で確固たる地盤を築き、己の持論を展開し、その実現を狙う大きなチャンスを手にしていたと論じました。

 

 その状況の中で、本来なら格下のケンプとミュラーの起用と言う電撃人事が行われましたが、作戦自体は悲劇的な敗戦で終わりました。

 

 

 

 結局帝国軍はガイエスブルク要塞と艦隊戦力の九割を喪失し、ケンプは戦死。

 

 ミュラーも重傷を負い、罰を覚悟してラインハルトの元に帰還したのです。 

 

※この記事の動画版

YOUTUBE (7) 銀河英雄伝説解説動画第13回ケンプとミュラーに見るラインハルト流人事 【魔理沙&妖夢少しだけ霊夢】 - YouTube

ニコニコ動画 銀河英雄伝説解説動画第13回ケンプとミュラーに見るラインハルト流人事 【魔理沙&妖夢少しだけ霊夢】 - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)





 

 

冷たいラインハルト

 このイゼルローン方面侵攻作戦時、ラインハルトはケンプとミュラーに対し、とりわけケンプにはいつになく冷淡でした。

 

 確かにラインハルトは無能に厳しく、作中屈指の苛烈さ峻厳さを持っていますが、少なくとも元帥府発足以来の宿将達に対しては、一度ならず温情や寛大さを示しており、故に、部下達も彼に熱烈な忠誠と献身を持って応えています。

 

 

 

 その人望や器量は名君の評判に相応しく、少なくとも、ゴールデンバウム王朝の歴代皇帝よりは、遥かに部下や人民を大切にしたのは間違いありません。

 

 

 

 のみならず、有能な者には、敵にすら惜しみなく手を差し伸べていますし、例え無能でも、キルヒアイスの死後は、配慮や憐れみを見せる様になっています。

 

 

 

 このラインハルトが、なぜかこの時だけは、ケンプ等に温情を見せていません。

 

 それどころか、物語の経緯を読み返すと、まるで彼らの失敗を望んでいたかの様にすら見えてきます。

 

 

 

作戦失敗を望んでいた?

 例えば、ガイエスブルク要塞のワープ実験時、ケンプとミュラーは要塞に詰めていましたが、もし事故でも起きたら、彼らの命はありませんでした。 

 

 それを心配するヒルダに対し、ラインハルトは「それで死ぬとしたら、ケンプもそれまでの男だ。永らえたところで、たいして役に立つまい」と言い放っています。

 

 

 

 更に、ラインハルト、そしてヤンはガイエスブルク要塞を使ってイゼルローン要塞を無力化する方法を、既に知っていました。

 

 ガイエスブルクをイゼルローンにぶつけ、どちらも破壊してしまうのです。

 

 

 

 にもかかわらず、ラインハルトは敢えてケンプにそれを教えず、遠征軍を送り出しています。

 

 彼らが苦戦している様子を察知しても、この策を伝えるどころか、ケンプもこの辺りが限界みたいだなと、まるで見捨てるような事を口にしています。

 

 極めつけは、そのケンプ達への増援としてミッターマイヤーとロイエンタールを派遣しましたが、この両人は、出世を目指すケンプ達に取って一番意識している相手でした。

 

 

 

 その帝国軍の双璧を敢えて寄越すと言うのは、事実上、自分達に無能の烙印を押すも同然である。

 

 少なくともケンプの側はそうとらえたでしょう。

 

 

 

 こうして見るとラインハルトは、とりわけケンプに厳しく、普段の彼と見比べれば常軌を逸しているようにすら見えます。

 

 先ほども触れた通り、まるで彼らの失敗を望み、戦死させても構わないと思っていたのではないか?

 

 そう勘ぐられてもおかしくない程ラインハルトの冷淡さは徹底していました。

 

 

伸びるオーベルシュタイン勢力

 ではなぜ、ラインハルトはケンプ達に対しここまで冷淡だったのでしょうか?

 

 ここで、ケンプ達が勝った場合を仮定してみましょう。

 

 彼らが戦果を収めれば、ラインハルトの覇業は一歩前進し、念願の銀河統一がその分近付く筈です。

 

 

 

 なので、本来なら、ラインハルトは彼らへの支援を惜しむ筈がないのです。

 

 しかしながら、今回の遠征は司令官の人選に置いて、これまでとは違っていました。

 

 ケンプとミュラーを起用するべく進言したのは、オーベルシュタインでした。 

 

 

 なので、もし彼等が勝てば、彼等が恩義を持つのはオーベルシュタインになってしまい、必然的に、ローエングラム陣営に置ける彼の立場は、強化されます。

 

 

 反面ラインハルトは、今後更にオーベルシュタインを重んぜざるを得えなくなります。

 

 

 

 これは、ローエングラム陣営に置けるオーベルシュタインの影響力増大につながり、彼の持論や価値観、とりわけナンバー2不要論がますます支配的になる事を意味します。

 

 私はこれまでの記事で、皇帝即位後のラインハルトは自己の権力と権限を守ろうとし、オーベルシュタインは王朝派の筆頭として、それを牽制する立場にあった事について何度か論じました。

 

 その萌芽が、ラインハルトが宰相に就任した時点で早くも現れ、水面下で、両者の静かだが激しい角逐が行われていたのは驚くべき話です。

 

 

 

縛られる独裁者

 この線で考えると、本人たちがこれをどうとらえようと、ケンプとミュラーは自動的にオーベルシュタイン側についてしまっている事になります。

 

 

 

 この場合、彼等の忠誠心や好悪の情はさほど重要ではありません。

 

 問題なのは、もし彼等が成功したら、オーベルシュタイン謹製ナンバー2不要論のモデルケースとなってしまい、今後、ローエングラム陣営はこの思想を基軸に回る事になるのです。

 

 そしてそれは、激変の中調子を落していたラインハルトから、自由裁量権の少なくとも一部はそぎ落とされる事を意味します。

 

 オーベルシュタインは、たとえ君主であろうとも、王朝や帝国全体の利益のため奉仕すべしと強く信じていたので、この様な展開になれば、その持論を盾に、ラインハルトや諸提督の行動を大きく制約したでしょう。

 

 

 

 それは、提督達以上にラインハルトに取って我慢ならない事なのは、火を見るより明らかなのです。

 

 

 

ラインハルトの反撃

 故に、イゼルローン方面遠征が決まってから、ラインハルトは反撃を試みたわけです。

 

 そのターゲットはオーベルシュタインでしたが、両者は直接対決せず、司令官に補されたケンプとミュラー、更にはこの作戦案を持ちかけたシャフト技術大将を巡る代理戦争の形を取りました。

 

 

 そして、ラインハルトは一貫してケンプ達の軍事行動に消極的妨害を加え、彼等が苦戦に陥ると、帝国軍の双璧を派遣して、この人事に致命的ダメージを与えます。

 

 更にこの人選自体は、ラインハルト自身が直接ミッターマイヤーとロイエンタールに伝えています。

 

 

 

 これにより、イゼルローン要塞との戦いは、はやり双璧でなければ務まらないと内外に強くアピールする事になり、それは同時に、オーベルシュタインのナンバー2不要論に対する拒絶宣言になるわけです。

 

 のみならず、そのオーベルシュタインの前で、ケンプ達では通用しなかったと断言し、おまけにシャフト技術大将をも切り捨てる事をも口にします。

 

 

 

 これにより、オーベルシュタインの構想や持論は大きな打撃を受け、今後人事を巡って彼の意見が採用される事は、ほとんどありませんでした。

 

 つまり、ラインハルト=オーベルシュタイン間の代理戦争は、反撃に出たラインハルトの勝利で終わったと言えます。

 

 しかし、そのためにケンプは犠牲にされたも同然でした。

 

 

 

敗北を認めるオーベルシュタイン

 ここでオーベルシュタインはシャフト技術大将の慰留を求めていますが、ラインハルトはこれに耳を貸しませんでした。

 

 皇帝即位後の彼が、様々な方面から諫言を受けていたにも関わらず、あの佞臣ラングをなかなか処断しなかった事と比べれば、これは意外な措置に思えます。

 

 

 

 しかしながら、組織の論理を宣教するオーベルシュタインにかなり押されていた事情を踏まえると、ラインハルトがそれだけ必死だったと言う事でしょう。

 

 同時にこれは、オーベルシュタインに対する警告を意味していたのかも知れません。

 

 この様に、彼の伸長に手厳しい反撃を加えたラインハルトでしたが、それでいて、そのオーベルシュタイン本人を排除する事はありませんでした。 

 

 オーベルシュタインはラインハルトの前で、ケンプ達の人選に対し責任を認めています。

 

 

  

 自ら非を認めたのですから、彼を処断する格好のチャンスでした。

 

 しかし、ラインハルトは最終的にその人選を決めたのは私だとこれを不問に処し、引き続き彼を重用しています。

 

 

 

 もっとも、見方を変えると、この言葉を持って人事における最高決定権は自分にあると、改めてオーベルシュタインに再確認させているとも受け取れます。

 

 ここから考えるに、ラインハルトはオーベルシュタインの能力や持論は、今後の組織運営に不可欠であると正確に評価しており、今回は主導権を取り戻せばそれでよしと判断したのでしょう。

 

 そして、オーベルシュタインも、責任を潔く認め反省の弁を述べる事で、言い換えれば今回の敗北を受け入れているのです。

 

 今後もオーベルシュタインは、ラインハルトや諸提督に耳に逆らう直言を繰り返し、一度ならず顰蹙を買いますが、このあたりの駆け引きは、大物同士ならではの迫力があります。

 

 

 

 

 

分水嶺

 ですが、話はこれで終わりではありません。

 

 帝国遠征軍は大敗北し、生き残ったミュラーは僅か700隻の残存艦隊を率いて、帝都オーディンに帰還しました。

 

 

 

 この報を聞いて激怒したラインハルトは、ミュラーをも厳罰に処してやろうと検討します。

 

 しかしここで、彼はキルヒアイスを思い起こし、報告を終え罪を謝し、処罰を待つミュラーにねぎらいの言葉をかけ、処罰しませんでした。

 

 

 

 これにより多大な恩義を感じたミュラーは、後バーミリオン会戦で窮地に陥るラインハルトを救い、主要提督達の中で最年少でありながら、敵味方から良将と評されるようになります。

 

 

 

 鉄壁ミュラーの誕生です。

 

 もし、ラインハルトが怒りのまま彼を処断すれば、諸提督の間で不信の声が沸き上がり、その信望は衰え、暴君の誹りすら受けたかも知れません。

 

 そのストッパーとなったのがキルヒアイスであり、彼は死してなお、ラインハルトの支えとなっていたのです。

 

 ですが同時に、ラインハルトはオーベルシュタインに対する反撃の総仕上げを、ミュラー陳謝の場面で行っていたのです。

 

 

 

飴と鞭

 ケンプとミュラーは、ナンバー2不要論のモデルケースとしてオーベルシュタインに選ばれ、もし勝てば、彼の立場を強化し、逆にラインハルトの権限を押さえつけるリスクになっていました。

 

 だからこそラインハルトはこの2人を一時見捨て、作戦に対し消極的妨害を試み、それは首尾良く成功したのです。

 

 

 

 そして同時に、オーベルシュタインも負けを認めた事で、ラインハルトはようやく本調子を取り戻し、誰の掣肘も恐れないで済むようになりました。

 

 ここで問題になるのがケンプとミュラーへの処遇です。

 

 ラインハルトは更なる計略を練り、彼等に寛大な措置を与える事で、なんと再びこちら側へと戻しているのです。

 

 事実ミュラーは、以後比類なき忠誠と献身をもってラインハルトに尽くし、帝国を代表する良将にまで成長しました。

 

 

 

 そして戦死したケンプも、敗戦にもかかわらず上級大将に昇進させ、遺族にはメックリンガ―を弔問に遣わし、手厚く弔っています。

 

 

 

 こうする事でラインハルトは、部下達の求心力をより強化する事に成功し、ローエングラム陣営の支配を万全なものとするのです。

 

 言わば、飴と鞭で自身の主導権を回復し、組織に不可欠だが油断ならないオーベルシュタインは重用しつつ牽制すると言う、今後を規定する路線がここで成立したのです。

 

 

 

大物と大物

 私はこれまでの記事で、ラインハルトは組織運営のスペシャリストではなかったと規定しました。

 

 事実、この方面に関しては、オーベルシュタインの方が深い造詣を持ち、だからこそ彼は、何度もラインハルトに手厳しい苦言を呈したのでしょう。

 

 ラインハルトは飽くなき闘争心の持ち主で、その赴くまま動いていた事は良く知られています。

 

 

 

 それを否定し押さえつける事は、彼に取っては死を意味するも同然でした。

 

 オーベルシュタインは、全臣民や人類の利益のため奉仕する理想の君主を求め、ラインハルトにすら完全には満足していなかったとされています。

 

 

 

 そしてラインハルトと彼を崇拝する提督達は皇帝派となり、オーベルシュタインは王朝派としてそれに対峙する。

 

 この抜き差しならぬ対立関係こそ、創業間もないローエングラム王朝を揺るがしかねない大きなリスクだったとも言えるでしょう。

 

 けれども、ラインハルトは不思議とオーベルシュタインを放逐せず、オーベルシュタインも幾多の謀略を弄しつつ、敢えて嫌われ役を演じ、皇帝に憎悪が集まらないようにしてたとされています。

 

 

 

 この様に考えると、彼等は表面上対立しながらも、互いに落としどころを考えながら振る舞い、決定的な破局に至らないよう、慎重に駆け引きをしていたのかも知れません。

 

 どちらも当代屈指の大物だからこそ、この歴史劇を演じきれたのだと言えるでしょう。