Mr. Short Storyです。

 今回も銀河英雄伝説について考察してみましょう。

 前回は、同盟軍の名将ヤン・ウェンリーが、なぜ首都を守るアルテミスの首飾りを独断で破壊したのかについて考察しました。

 

 

 それまでの彼は同盟の一市民、それに、歴史家志望でありながら不本意にも軍隊に入っに過ぎない一個人に過ぎませんでした。

 

 その彼が、物語で最初に民主主義の守り手として振る舞ったのは、この救国軍事会議のクーデター鎮圧の時でした。

 ヤンは権力や国家機構を絶対視せず、それは人々が生きていく上の道具にすぎないと発言していましたが、その考えを実際に行って見せた事は非常に大きな意味があります。

 

 

 これにより彼が、国や民族や時代を超える大きな理念としての民主主義について、深い理解と強固な信念を抱いており、もしも国や権力がそれを否定し、市民達の敵に回る場合には、それを受け入れるのを是とせず、場合によっては抵抗も辞さないという極めてアグレッシブな思想を持っていたことが分かります。

 事実彼は、同盟の軍人、民主国家の市民としての節度を守りながらも、市民を扇動したぶらかす権力者や、それを立て直すためとはいえ、民主主義自体を否定する勢力には、始終対決姿勢を持ち続けました。

 

 

 そのため過激派に襲撃されたり、政府筋から嫌がらせを受ける事も一たびではありませんでした。

 さて、今回はそのヤン・ウェンリーが、ラインハルト・フォン・ローエングラムによる侵略から同盟を守るべく直接対決したバーミリオン会戦について見てみましょう。

 

※この記事の動画版

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バーラトの和約

 ラインハルトはイゼルローン要塞に拠るヤンを陽動部隊に攻撃させつつ、自らは本隊を率いて中立勢力フェザーンを攻略し、そこを経由して同盟領に進攻。

 

 ランテマリオ星域で名将アレクサンドル・ビュコック率いる同盟軍宇宙艦隊を破り、自由惑星同盟制覇に王手をかけます。

 

 
 

 これに対しヤンは、圧倒的に劣る戦力で帝国軍に勝つべく、ラインハルトを戦場に引きずり込み、彼を倒す事で敵を撤退させる作戦を実行。

 ヤンの誘いにのったラインハルトは、バーミリオン星域でヤンと対決します。

 

 
 
 この戦闘で始終主導権を握ったヤンは、ラインハルトを追い詰めますが、突如入った同盟政府からの停戦命令により戦闘を中止。

 

 完勝寸前で矛を収めます。

 ラインハルトの遠征に付き従ったヒルダの機転により、ミッターマイヤー、ロイエンタールの両艦隊がハイネセンに進攻した結果、時の元首ヨブ・トリューニヒトが降伏したからでした。

 

 

 ラインハルトを殺し、同盟を救う事が出来たはずのヤンは、こうして大人しく戦闘を中止し、バーラトの和約が成立すると退役してしまいます。

 

 

 

意外と脆いローエングラム体制

 この戦いでラインハルトを倒しても、帝国軍の大部隊はいまだ健在であり、同盟の軍事的劣勢は覆りませんでした。

 しかも、バーミリオンにおいてラインハルト、ヤンどちらも七割以上の損害を出しており、たとえ勝っても同盟軍には、もはやまとまった宇宙艦隊は残っていませんでした。

 

 

 ですが、帝国のローエングラム体制とは、ラインハルト個人の能力とカリスマに依存したものであり、彼の死後、これを引き継ぎ、維持できるものはいませんでした。

 

 

 ましてや、ジークフリード・キルヒアイスはとっくに死んでいるのでなおさらです。

 これによりリーダーを失った帝国軍は、ヤンが予測したように、失意のまま帝国に帰還し、権力を巡って内戦を始めたでしょう。

 同盟が生き残る可能性は飛躍的に高まり、今度弱体化を始めるのは帝国側と言う事になります。

 

 

 

命令受諾の謎

 唯一のリスクは、ラインハルトの死に怒り狂う提督達が、ハイネセンはじめ同盟の惑星を攻撃し、民間人を虐殺する事ですが、彼等の人間性に鑑みてそれが起こる可能性は低く、仮にあったとしてもいつまでも同盟領に留まるわけにも行かず、一過性のもので終わったでしょう。

 つまり、ヤンが停戦命令を無視してラインハルトを倒せば、帝国は分裂し、同盟は救われたのです。

 

 

 ですがヤンは、それを承知であえてこの命令に従いました。

 

 

 彼はこの時点で元帥に昇進していましたが、同盟の軍人である以上、与えられた命令に従うのはしごく当然な選択です。

 まして、自由惑星同盟はシビリアンコントロールの原則が確立しており、のみならず、今回は敵の艦隊によって首都の住民が危険にさらされているのですからなおさらです。

 なので、ヤンの決断は公人としても私人としても適切なものであり、どこにも非難される余地はないはずです。

 ですが、本当にヤンはそれだけの理由で停戦命令に応じたのでしょうか?

 

 

 

回り道

 ヤンはこれまで同盟の名将として労苦を惜しまず戦い続けてきました。

 自由惑星同盟が滅んでもその姿勢は変わらず、圧倒的な帝国軍相手に最後まで抵抗します。

 

 

 それは一貫して民主主義を守り、存続させるためだったと言えます。

 しかし、それならば停戦命令を無視し、バーミリオンでラインハルトを殺していれば、同盟が滅びる事もなく、以後余計な苦労や犠牲を出さずに済んだ筈です。

 

 

 それは他ならぬヤン自身が一番理解していたのは間違いありません。

 その彼が、今回はあえて敵に塩を送り、しかも後々の憂いを残してしまったのはなぜなのか?

 

 

 

ヤンの民主主義思想

 その答えは彼の価値観と思想にこそありました。
 
 ヤンは民主主義に造詣が深く、また、その理念と意義を非常に重視していました。

 

 絶対視していたと言っても良いかもしれません。
 
 旺盛な批判精神を持ち、特に根拠なき信念や権威主義をいつも否定する彼にして、この民主主義を守る事に関しては誰よりも熱心であり、時として厳格ですらあったのです。

 

 

 そして彼は、望まずして同盟軍の英雄、バーミリオン前後には市民や政治家たちから救世主のような扱いを受けていました。

 

 

 彼にしてみれば、それは民主主義の本来あるべき姿とは大きくかけ離れたものでした。

 ヤンはかつて、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが熱狂する民衆の圧倒的支持によって独裁者となり、やがてその民衆自体を弾圧するようになったのは、彼に権力を与えた市民達に責任があると話しています。

 

 

 また、専制国家が滅ぶのは、君主と重臣達の責任だが、民主国家の場合には市民全員にその責任があるとも言っています。

 なぜなら、民主主義においては主権者は市民、つまりすべての有権者一人一人であり、政治家は本来、彼らに権力を委託された存在に過ぎないからです。

 

 

 

私が全ての責任を負うわけにはいかない

  自由惑星同盟は本編開始時、既に腐敗と混迷を極めていました。

 そして、アムリッツァ、救国軍事会議のクーデター、帝国亡命政権の受け入れに代表される愚行を繰り返し、国運を一挙に衰退させていたのです。

 

 

 しかしそれも、ヤンに言わせれば、詭弁家であるヨブ・トリューニヒトを支持して元首につけた同盟市民全員の責任であり、事実、上にあげた国策上の失敗も、市民達の支持、もしくは消極的同意の下なされていたのです。

 

 

 民主主義である以上、本来ならこう言った問題は市民一人一人が考え、決断し、彼らの自発的な行動と協力によってこそ解決すべきであるとヤンは考えていたのでしょう。

 それを投げ出し、どこからか聖人なり賢者なり偉大な君主なりが現れ、全ての問題と責任を一身に背負い、彼らの代わりに考え、決めてくれる世の中を望むのは本末転倒も甚だしい、と言う事になります。

 

 

 

繰り返される愚行

 西暦2801年に成立した銀河連邦は人類の黄金時代を築きましたが、次第に腐敗し、やがてルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの独裁を許します。

 

 

 この当時も、腐敗と退廃を極める世相を憂慮し、何とかしなければならないと思ってる人は大勢いましたが、自分たちが努力を積み重ねる事ではなく、たった一人の人間に全ての責任と権力を預け、それに服従する道を選び、この時点で民主主義は滅んでしまいます。

 

 

 それを復興した自由惑星同盟も、やはり国内外の失敗と混乱を経て滅亡の危機に瀕した時、ヤン・ウェンリーと言う英雄が誕生しました。

 

 しかし彼は、同盟の一市民として、そして名将として最善の努力をしますが、その彼が、ラインハルトを殺し、全てを手に入れるチャンスを棄て、同盟政府の停戦命令受け入れを選んだのには、ルドルフの轍は踏まないという決意がうかがえます。

 

 

 同盟の主権者が市民である以上、その腐敗も衰退も、本来なら市民全員の責任である。

 

 自分達でそれを立て直す努力を怠り、無能で無責任な人間を為政者に据え、扇動に乗り、その愚行を支持したのも彼等である。

 

 しかも滅亡を前にした途端、英雄を待望し、それに全てを任せようとするのは主権者としての怠慢であり、いかなる結果であろうとも甘受すべきである。

 恐らくヤンはこう思ったからこそ、あと一息でラインハルトを倒せるところで引き下がったのでしょう。

 

 

 

守るべき使命

 また、仮にヤンが停戦命令を無視すれば、自由惑星同盟は守られますが、その原則である文民統制も、そして、民主主義も死滅してしまいます。

 いかなる理由があろうとも、たった一人の人物に全てを押し付け、本来なら責任を負担すべき主権者達がそれに従属するのは、ヤンにしてみれば民主主義の放棄であり、今回の決断で仮に国が滅んでも、そうなるまで全ての同盟市民が、主権者としての仕事を怠ったのが原因である以上、その責任を負うのは彼等全員であるべきである。

 

 

 

 彼はそう考えていたのではないでしょうか。

 責任を放棄して衆愚政治に堕した市民達は、自分たちの力でそこから抜け出すべきであり、自分が出来るのは、そのための道しるべとして民主主義の理念を後世に残す事である。

 

 こう考えたからこそ、ヨブ・トリューニヒトの下した停戦命令は受諾し、そして、国家的英雄としての犠牲を要求したジョアン・レベロの陰謀には断固抵抗したのでしょう。

 

 

 ヤンは最終的には自由惑星同盟を見捨てイゼルローンに再びよりますが、国家と民主主義は必ずしも一ならずという強烈な理念があったからこそ、彼は最後まで圧倒的な敵と戦い、そして権力の誘惑や脅しに屈せず、個人的には民主国家の一市民を逸脱しない自制を発揮できたと言えます。

 また、だからこそ同盟滅亡後も帝国との戦いを経て民主主義の種子は残り、後世への希望をつなげる事が出来たのでした。