Mr. Short Storyです。

 今回も銀河英雄伝説について組織論的観点から考察してみたいと思います。

 前回の記事では新領土総督に任じられたロイエンタールについて語りました。

 謀反の嫌疑をかけられた彼は、皇帝ラインハルトの前で彼に対する個人的忠誠はいかほども失われてはいないと言明し、帝国内での皇帝権強化を望むラインハルトにより旧同盟領全土を統治する重職に任命されました。

 

 

 ラインハルトは弱みを持つロイエンタールを重用し、自分とつながりの深い臣下として彼を使う事で、官僚やオーベルシュタインのような、ともすれば皇帝の権力を制御しかねない勢力を牽制しようと試みたところまで述べました。

 そして、それはレンネンカンプの時と同じく、いえ、それ以上の悲劇的結末を招いてしまった事についても語りました。

 

 

 表面上の経緯は両者ともほぼ同じなのですが、実は似たような過ちでも、レンネンカンプとロイエンタールの場合、その役職において少なからず異なります。

 ロイエンタールの場合は、むしろキルヒアイスの時と非常に似通っているのです。

 

 

※この記事の動画版

YOUTUBE 銀河英雄伝説解説動画第2回 ロイエンタールはなぜ新領土総督に任じられたのか? 霊夢&魔理沙 - YouTube

ニコニコ動画 銀河英雄伝説解説第2弾 ロイエンタールはなぜ新領土総督に任じられたのか? 霊夢&魔理沙 - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)

 

 

 

 

 

 

半独立国と化した新領土

 ラインハルトは自由惑星同盟を滅ぼすと、イゼルローン要塞を根拠地とするエル・ファシル独立政府及びヤン・ウェンリー軍に対し親征を開始。

 

 

 

 しかしこれは、地球教によるヤン暗殺と言う不本意な結末に終わり、皇帝ラインハルトは軍を引きあげます。

 

 

 

 その一方で彼はフェザーンを新たな首都とし、全銀河を統一する新帝国の実現に邁進していきます。

 

 滅亡した旧自由惑星同盟領は新領土(ノイエ・ラント)と呼ばれるようになりますが、ラインハルトはここに政軍を管掌する総督府を設置。

 

 これに先立ち、統帥本部総長ロイエンタール元帥の反逆疑惑が起きていましたが、審問の末彼の忠誠を確認した皇帝ラインハルトは、大親征後彼をこの重職に就かせます。

 

 
 
 この役職の権限の強大さについては前の記事で述べた通りですが、新たに設けられた総督府は、全人類宇宙のおよそ半分を統治する役割を担う事になりました。

 つまり、新帝国の中に新たな国が出来たようなものです。

 ただの行政府ではなく、帝国で二番目の規模を誇る武力集団も保有していますから、まるで独立国家の体裁すら擁していたのです。

 

 

 しかも、その新領土総督が責任を負うのは皇帝のみとされました。

 これにより、帝国内のいかなる重臣も機構も、新領土総督府をコントロール出来なくなったわけです。

 これはもちろん、自分とつながりの深い臣下に力を与えて、皇帝権力の強化を図るラインハルトの思惑があったのでしょう。

 ですが、レンネンカンプの時とは違い、彼がロイエンタールに与えた力は巨大過ぎました。

 

 

 

悲劇の両雄

 ロイエンタールとキルヒアイスは性格は非常に大きく異なりますが、能力面ではかなり似通っています。

 

 

 どちらも軍人として一流であるのみならず、政治や外交など、幅広い任務をオールマイティにこなせる資質がありました。

 

 

 ゆえに、ラインハルトが新領土総督職を設置するにあたり、キルヒアイスがいない今、最適任であるのはロイエンタールをもって他にはいなかっただろうと言う事も前回の記事で述べました。

 これは、言い方を変えればキルヒアイスとロイエンタールは為政者、もしくは君主として独立するだけの実力があった事になります。

 事実、キルヒアイスの方はリップシュタット戦役で辺境地方を攻略して掌握し、ロイエンタールに至っては帝国に反乱を起こしています。

 

 

 能力と経歴において共通する両者がともに非業の死を遂げているのは果たして偶然なのでしょうか?

 

 

 

稚拙なパワーゲーム

 私はこれまでの記事で、ラインハルトは組織運営に関しては必ずしもスペシャリストではなかったと述べて来ました。

 彼は自分に近い、もしくは自分に忠実な人物に力を与えて、オーベルシュタインのようにリーダー個人よりも組織を重んじる勢力を牽制しようと試み、そしてその都度失敗しています。

 

 

 

 それも、ほぼ共通するのは当人たちの得意でない、もしくは必要以上に巨大な力を与えたがために必ずといっていいほど似たような悲劇を招いています。

 キルヒアイスの時には、親友であるからこそ側近にとどめておくべき所を、ほぼ君主と同じ権限を与えたがため、同じ組織に二人のリーダーが並立する危機を迎え、オーベルシュタインの反発を招き、ラインハルトとキルヒアイスの関係も一時険悪化してしまいます。

 

 

 

 レンネンカンプの時は、権限はともかく、生粋の軍人に政治・外交まで管掌させた結果、彼の暴走と迷走を招き、始末されそうになったヤンの反撃を招いて、帝国と同盟の関係は完全に破たんしてしまいます。

 

 

 

電撃人事の裏事情

 そしてロイエンタールです。

 彼の場合はキルヒアイスよりも露骨に、君主レベルの権限と武力を与えられています。

 そもそも旧同盟領に総督府を置く必要があったのか?

 仮に置いたとしても、行政府と軍事部門の長をなぜ兼任させたのか?

 仮にロイエンタールが行政府の長、もしくは軍司令官職のどちらかに過ぎなかったら、ウルヴァシー事件が起こっても全てが彼の責任にはならず、反乱を起こすまで追い込まれる可能性は低くなったでしょう。

 

 

 しかし、これはもっと簡単な理由で説明がつきます。

 ロイエンタールは帝国元帥で、ミッターマイヤー、オーベルシュタインに並ぶ帝国軍三長官の一人でした。

 

 

 その彼が統帥本部長を解かれるとなると、旧同盟領駐屯軍司令官程度では元帥の地位はともかく、他の2人より格下となり、あからさまな左遷となります。

 また総督府の行政長官では、仮に立場が尚書クラスとなっても純粋な行政官である以上、元々軍人のロイエンタールからすれば、能力ではともかく経歴では畑違いとなり、人事上の慣例を破る事になるでしょう。

 このあたり、情実を無視できえぬ故の苦肉の策だったのでしょう。

 ロイエンタールのメンツをつぶさず彼をいかに手元に置くか。

 一見大胆な人事の裏で苦心するラインハルトの姿がうかがえます。

 

 

 ですが結局、この人事も失敗します。

 

 

 

懲りない皇帝

 第二次ランテマリオ会戦を経て、ロイエンタール、クナップシュタインと言った帝国軍の高級幹部が戦死し、将来を嘱望されていたグリルパルツァーに至っては、野心に駆られて味方を裏切り処刑されてしまうのですから、キルヒアイスの時をも上回る巨大な損失を帝国は出してしまいます。

 

 

 このあたりラインハルトは全く懲りていません。

 ミッターマイヤー始め多くの提督達の嫌悪と疑心をかったハイドリッヒ・ラングの臣従を許し、あまつさえ昇進までさせて、彼がオーベルシュタインに取り入り色々画策するのを放置したのも、これまでの考察を踏まえれば納得が行きます。

 

 

 彼は「このような小物一人いられないようでは銀河は狭すぎる」などとうそぶいていましたが、要するにラングは旧王朝の秘密警察の長として弱みがあり、決して自分には逆らえないと踏んだからこそ、ヒルダなどの諫言にも関わらずなかなか処断しなかったのでしょう。

 ラインハルトが彼を見捨てる決断をしたのは、彼を守るために命を落としたコルネリアス・ルッツの依頼によってなされた調査が、ラングの罪状を暴き立てたからでした。

 

 

 ラインハルトにラングを処断させるには、より大切な臣下の犠牲が必要だったという事になります。

 

 

 

したたかな打算

 ですが反面、ラインハルトはオーベルシュタインは最後の最後まで処断せず、軍務尚書の要職につけています。

 

 

 ラインハルトが自分の手足となるものを求め、その人物に巨大な権限を与え、省庁やオーベルシュタインなどから皇帝権力を守ろうとしたのはいかにも専制君主らしい振る舞いですが、それでいて対立するはずのオーベルシュタインを始末しなかったのは、彼の器量を示していると言えるでしょう。

 オーベルシュタインは、言わば新帝国内における組織派のトップであり、彼を潰せば巨大組織であるローエングラム王朝自体が崩壊してしまう。

 

 

 ラインハルトは組織内でパワーゲームを行いつつも、その組織を維持するのに何が必要なのかは熟知していたと言えます。

 それでいて皇帝権力を守るべく時として賢明とは言えない人事を発動した。

 ラインハルトはオーベルシュタインを嫌いながらも、結局彼の進言に一番従って来た気がするとヒルダに話しましたが、それも彼の、そして彼の論理の意味するところをみとめざるをえなかったからでしょう。