本当に久しぶりに仏像について書く。


何故か・・・


今日の朝日新聞のbeでシリーズになっている


奈良には古き仏たち


今日は


銅造仏頭


いわゆる

興福寺仏頭・・旧山田寺の仏頭

                      だったから・・・


何故って、

私が多分、今一番好きなラブラブ仏像だから



SS5469のブログ


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武14年(685)に、天皇が亡き蘇我倉山田石川麻呂のために造った飛鳥山田寺講堂本尊像の頭部です。像は興福寺の鎌倉再興期の文治3年(1187)に東金堂本尊薬師如来像として迎えられましたが、応永18年(1411)に堂とともに被災します。幸い残った頭部が応永22年(1415)に再興された現東金堂本尊台座に納められ、昭和12年(1937)に発見されました。造立年代が明らかであるところから、白鳳彫刻の基準作として高く評価されます。


 蝋(ろう)型原型から鋳造されたもので、鍍金(ときん)が施されます。伸び伸びと弧を描きながら流れる眉、水平に伸びる下まぶたと、それをおおうように弧を描く上まぶた、額から直線的に伸びる鼻、ふっくらとした唇、顎の張ったたくましい面相は、青年のような若々しさ、すがすがしさを感じさせてくれます。


                                        (興福寺HPの説明より)



元々は飛鳥の山田寺にあったものが

源平の争乱期に焼失した興福寺東金堂に本尊として連れて来られて(強奪されてきて)、

新東金堂の本尊となったが、

室町期に落雷による類焼で焼けただれてしまった。


そんな運命を持った仏頭だが、

そののびやかな美しさに惚れ惚れとしてしまう。


よく見ると焼けただれた跡があるのだが、

それを感じさせない。


造られたのは律令国家形成期の美術史では白鳳期と言われる時期。


文化は時代を反映する。


この時期は仏教に国家が力を入れた時期であるから

その時代の最高傑作は仏像関連のものにある。


いわゆる大化の改新後に

律令国家を形成しようという気持ちが現れた

清新な雰囲気をもったのが白鳳期の特徴。


そのイメージがこの仏頭に現れている。


正面から見あげると威厳を感じるお顔も

横顔の頬のラインがあどけない子供のそれを感じさせる。


この仏頭は

薬師如来として身体の上にあるよりも

螺髪もなく、頭部だけとなって、

私たちの目線まで降りてきてくれたことで

一層、のびやかで美しいものとなったように思える。



この記事の中でも


改めて仏頭の前に立ってみた。

伸びやかな眉と切れ長の目、

直線的な鼻、峻厳さが漂う口元。

端正な右横顔にも目を奪われた。

白鳳の美仏は、

度々の災禍をくぐっても、

なお拝観者の感性を揺るがし続けている。


と結ばれている。


いつまで眺めていても飽きない。


奈良に仏たちを訪ねたくなった。