この言葉の本当の意味は知らないですが、今まで自分は、人生はいいこともあれば、悪いこともある、ぐらいの意味合いで捉えていました。
でも、最近は、山に上ることだって谷に落ちることだって辛いんだから、この言葉の意味は、人生は山に上るがごとく困難で、転落するのは一瞬でまた、そこから這い上がることも困難で、だから山はいい時という意味ではなく、人生はいつだって苦難の連続である、ということではないのか、と感じます。
そして、最後には死んでしまうのです。
最近、3年半前に亡くなった父がよく夢に出てきます。ああ、お父さんにもう一回会いたいなあ。
見頃を迎えた桜を見れば、1年前に57才で急死した兄の葬儀場の桜吹雪を思い出します。
母は82才になり、幸い元気に過ごしていますが、夫にも息子にも先立たれ、寂しいだろうけど、娘の私に迷惑をかけないようにと、健康でいることに健気に努力しています。
そして、私の人生は、今、ジェットコースターの上の方にゆっくりと上り、おしまいへと急降下する寸前のように思えるのです。
これまでどんな人生を送ってこようが、子どもたちがどんなに心配であろうが、終活してあろうがなかろうが、悩みも希望も後悔もほんの少しの幸福の瞬間も、はい、おしまい、と容赦なく訪れる瞬間がくるのです。
兄がサイクリングにでかけたあの日、突然おしまい、となったように、今私の後ろで肩をたたこうとしているのかもしれません。
人生がコントなら、観客がそれを見て「しむらー後ろー」なんて指をさしていたりして。
話がまとまりませんが、人生は辛いことばっかりなんだなあ、と思った、ということでした。


