13年前の6月、私は乳ガンの手術を受けました。
(この日のことは絶対に忘れない)
右乳房の全摘術だけでなく、
センチネルリンパに一つ転移していたため、
右脇辺りのリンパを全て切除することになったのは残念でしたが、
“新しく命をもらい、生まれ変わった日”
と思うようにしています。
手術・入院時は、看護師の方たちがチームを組んで世話をして下さり、
とっても感謝でした。
手術の手順の説明を受けていたとき、
「手術室で、好きな音楽があれば流しますよ」
と言われたのにはビックリ!!
沖縄出身の患者さんは沖縄民謡をリクエストしたそうで、
私は特になく、「リラックスするような音楽なら何でも」と言ったような…。
ほかの病院もそうなんですかね?
手術の日。
医療ドラマでよく見る、
ストレッチャーに寝ている患者を、家族が「頑張って!」と見送るシーン。
あんなものはなく、点滴をしながら、
看護師さんと一緒に、手術室までふつうに歩いていきました。
手術室に入り、切除するほうの手のひらにマジックで印を付け、
見送ってくれた看護師さんたちとは、ここでお別れ。
(主人は病室で待機)
手術台に寝てからは、
オペ看の方の器具をセッティングするスピードに圧倒されました。
もう、すごい!のひと言。
乗り物酔いをするか聞かれ、「します」と答えると、
吐き気止めの薬を何か(点滴だったか不明)に投入。
乗り物酔いする人は、手術から目覚めたときに
吐いてしまったりめまいを起こすことがあるからとのこと。
至れり尽くせりだな…と感動しながら、このあとの記憶がないので、
たぶん、麻酔を投入されたのだと思います。
私の名前を呼ぶ声で目覚めたときは病室でした。
そばにいてくれた主人から、リンパに転移していたことを聞き出し、
様子を見にきた先生に確認しましたが、
「そのことは後日話しましょう」と言われ、あとは深い眠りに。
手術後~翌日
手術翌日の午前中までは、体に採尿バッグが取り付けられ、
歯磨きは看護師さんの世話になりましたが、
午後からは、トイレも歯磨きも自分で。
今まで二つあったものが一つになり、ちょっとバランスは変でしたが、
腕が上がらないことはまったく無し。
全摘だったからなのか、それとも、
乳房再建を想定、私が卓球をしている…などのことから
少し皮膚に余裕を持たせて切除したのか…。
先生が上手だったのかな。
縫合した部分は痛みがあり、
体液を出すドレーンが体内に入れられ、
胸には幅広の包帯のようなものが頑丈に巻かれ、多少不自由でしたが、
内臓の手術ではないので、体の中はすっかり元気。
病院内を少し歩いたりしました。
手術の翌日は快晴。
そのおかげで、転移していたことは怖いけれど、
“絶対に生きてやる”
と、強い気持ちになれました。
太陽の威力はずごい!!
喪失感はまったく感じず。
とにかく、悪いものを早く取ってほしかったので、スッキリしました😃
私は、乳房再建をしていません。
手術のときは、ガンのことで頭がいっぱいで、
再建のことはすぐには決められませんでした。
そんな私の迷いを先生が察して
「手術を先にしましょう。あとからでも再建はできますから」
と言って下さり、ガンの手術だけをすることに。
結局、私の場合は、
リンパへ転移していたことで再発リスクがあるため、
自分の皮膚や筋肉を使っての再建はできないし、
人工乳房にした場合、挿入したインプラントの交換が必要になる可能性が
あったりとめんどうだったので、再建しないことを決断。
毎回、下着にパッドを入れるのは煩わしいし、
旅行ではみんなが入る温泉に入れないけれど(勇気があれば別)、
もう、手術はいやだったので、納得しています。
助けてもらった命、大事にしていきたい🍀