太平洋戦争下の沖縄。武器を一切持たずに闘った実在の衛生兵デズモンド・ドスの物語。
キリスト最後の一日『パッション』、恐怖のベトナム戦争『ワンス・アンド・フォーエバー』を経て、地獄の沖縄戦を圧倒的臨場感で描くメル・ギブソン監督作!
監督/メル・ギブソン『ブレイブハート』『アポカリプト』
脚本/ロバート・シェンカン『ザ・パシフィック』、アンドリュー・ナイト
ほとんどのハリウッド映画は「セットアップ」「葛藤」「解決」の三幕構成だが、脚本家によれば、この映画は「セットアップ」と「戦争」の二幕構成らしい。
監督は前半と後半を二人の画家の絵のタッチを基に撮影したという。
【ノーマン・ロックウェル meets ヒエロニムス・ボッシュ】
“観客は理想と愛らしいイノセンスを見せられて、それから地獄に落ちるのさ”
メル・ギブソン監督
「THE RUNAWAY」ノーマン・ロックウェル作
前半は〈ノーマン・ロックウェル〉。軽いタッチで庶民の日常を描き、大衆から愛された「古き良きアメリカ」を代表する有名な画家だ。理想や純真さ、子供心…
そんな「理想郷」にメル・ギブソンがぬくぬく留まるわけがない!
「快楽の園」の右側、ヒエロニムス・ボッシュ作
後半は〈ヒエロニムス・ボッシュ〉の出番だ。ルネサンス期のオランダの画家で、聖書ベースの絵を多く残している。これがかなりヤバい。キモい。グロい。罪、堕落、快楽、肢体そして変な生き物のオンパレード。
ボッシュを愛する映画監督にポール・ヴァーホーヴェンがいる。町山智浩著『ブレードランナーの未来世紀』の中で監督のボッシュ評が紹介されている。
“「オランダの芸術家はつねにリアリズムを追い求めてきたと思う。普通の人々が見たくない現実まで見つめようとする。たとえばクソをする行為までね…」”
『ハクソー・リッジ』でクソが強調されることはないが、ウジや腸やゲロには事欠かない。直視したくはないが、甘いお菓子のような前半から一転、容赦ない強烈なリアリズムが展開する。
メル・ギブソンは語る(おそらくは楽しげに)。
“(ロックウェル的世界から)登場人物を別の絵の中に連れて行く。イノセンスの死、地獄(という絵の中)にね”
からの…

【信仰で武装した男】
映画前半、ドスはいつもニコニコ笑っている。新兵訓練で内輪の執拗な圧力にあっても屈しない。下手にこじらせれば銃を乱射し「フルメタル、ジャケット」と呟いて自殺してもおかしくないのに。
ドスは銃を持たず戦場へ向かったが、丸腰ではなかった。ある意味最も強力な武器を身につけていた。それは誰も外からは奪い取ることはできず、銃さえも人を救うための道具に変えるもの。ドスはどうやってそんな武器を手に入れたのか?

「汝、殺すなかれ」
この言葉にカインとアベルの絵が重なる。カインは弟アベルを殺した兄弟殺し、人類最初の殺人者だ。聖書、弟との一件、PTSDの父…宗教的要素と家庭的要素がその人格形成に強く影響を及ぼしていった。
【全員ファーストな男】
初稿を執筆したピューリッツァー作家ロバート・シェンカンはドスが体現した特異な男性性に言及している。
今日のトランプ時代が提示する「男らしさ」とは、私利私欲を求め、自己中心的で、残忍で、支配的。一方でドスは同情心、自己犠牲、仕えて尽くす精神に溢れている、と。
ドスはドッカン、ドッカンな戦場で負傷した者のために走りまくる。周りが見えていないようにも思えるが、実は周りしか見えていない。「アメリカ・ファースト」でも「ジャパン・ファースト」でもなく「全員ファースト」なのだ
【史実と脚色】
75人を救った兵士と宣伝されているが正確な記録はなく、50~100人と言われている。
とりあえず間をとった数になっている。
デズモンド・ドスのドキュメンタリーでは「槍で襲撃してきた一般の女性を殺さなければならなかった…」と帰還兵が辛そうに振り返る場面がある。ドスの資料はそんなに多くないので、本作では恐らく意図的に市民兵の描写が省かれている。
また資料が少ないのはドス本人が晩年まで戦争を語らなかったからである。ドスの物語はハリウッドが戦後から興味を示し、勲章を多く受章し後に俳優になったオーディ・マーフィを遣わすも映画化を断られている。本人が死んだ今だからこそ実現した企画ともいえる。
【ブラじゃナイヨ!大胸筋矯正サポーターでもナイヨ!】

『ハクソー・リッジ ~ドスが発見したブラジャーが世界を救う!~』
本作におバカな副題を付けるならコレ。納得のPG12指定だ。
「乾杯!!!!!」
【究極のラブ・ストーリー】
“これは怒りではなく、愛に突き動かされて戦争に行った男の話だ…
その実、ラブ・ストーリーだ…偉大な信仰と愛に生きた男のね” アンドリュー・ナイト
ナイトはこのコメントの「怒り」に「fury」という英語を使っている。デビッド・エアー監督の戦争映画『フューリー』では、ブラピ演じる鬼軍曹が新米兵士に力ずくで銃を持たせ人殺しを叩き込むシーンがある。新兵はそれを経て「一人前の男」になる。そして彼はめでたく「マシン」という呼び名を与えられる。

『ブレードランナーの~』p194でヴァーホーヴェンの世界観が端的にまとめられている。
“人は欲望のままに生きる残酷で自己中心的な生物である。皆、無垢の楽園から追放された罪人なのだ”と。
怒り、憎しみ、悲しみ、絶望…これらは確かに強力で、人の心や世界全体の空気を一瞬で虜にしてしまうこともある。でも少なくともデズモンド・ドスという男については、ヴァーホーヴェンは間違っていた。彼は勇気によって地獄を這い回り、信仰によって友の命を救った。
これら全てに裏打ちされるものは愛だ。最後にドスの“武器”から言葉を引用したい。
“愛は…すべての事に耐え、すべての事を信じ、すべての事を希望し、すべての事を忍耐します。愛は決して絶えません”
コリント人への第一の手紙13章
人が獣と成り下がる地獄絵図の中で、信仰を盾に闘った魂の軌跡『ハクソー・リッジ』でした。
【関連作品】
『沈黙 -サイレンス-』
『激動の昭和史 沖縄決戦』
参考
絵画についてhttps://aleteia.org/2016/11/04/mel-gibson-found-inspiration-in-vietnam-hero-for-hacksaw-ridge、awardsdaily.comより脚本家インタビュー、デズモンド・ドスのドキュメンタリー映像https://youtu.be/ssrhBHn_sA、『ブレードランナーの未来世紀』









