今年のシルバーウィークは11年ぶりの大型連休となり9月19(土)から9月23日(木)の5連休となるが、24・25の2日間の休みを取れば8日間の超大型連休で正月の年末年始や5月のGWに匹敵する大型連休で、季節的にも行楽に向いた時期でも有る。
ところがだ、何やら天候不順に増して関東直撃かと思わせる大型台風の接近、直接上陸はしないものの各地で浸水や崖崩れも発生し大きな被害が出てます、死者まで出るって俺的には想像して無かった大きさでした(涙)
それを予見した訳では無いが、カミさんが善光寺に行きたいと言い出した、来年は御開帳の年なので今年の方が混まずに見られるとの予想からで、合わせて信州そばが食べたいと一石二鳥を狙っての事らしい(汗)
カミさんは元々うどんが好きで蕎麦は嫌いな食べ物の一つだったのだが、栃木県の出流山で食べたそばが美味しかったようでそれから食べられるようになったのだ。蕎麦と言えば信州と言われるほど有名で福島県の高遠そばも元をただせば長野県高遠が発祥‥‥でもねぇ、蕎麦そのものが美味しいのは茨城県で採れた常陸秋そばで今は全国で栽培されてる。俺が住む筑西市も例外ではなく蕎麦の産地で白い花を咲かせるそば畑が点在する、たぶんだが信州そばの中には茨城産も多いんじゃないかな?、信州で採れる蕎麦だけでは店で出す蕎麦だけでなく、土産物として販売される蕎麦の量は確保出来ませんからね、それに信州からも筑西市に蕎麦の実を買い付けに来てる業者も沢山居る事も事実!
そんな訳で18日に善光寺に行く事を決定、前日(17日)はカミさんの通院日ですから仕事も出来ず戻ってからのシルバーウィークは仕事確定、自営業だから平日と休日の使い方は自由だし台風で予定も立てられなかったから丁度良い?
でもただ行くだけでは勿体無い、特に今年はバイクに乗れてないので頓挫した計画も実行されない訳で、多少無理は有るが下道を走るとして計画にチョイ足ししながらの旅となった(汗)
下道で寄り道プラスですから家を出たのは明け方3時、新聞屋さんが2時過ぎには配達に来るのでそれからだ、真っ暗な国道50号をひたすら西に向かうが走ってるのはほとんどトラック、無理せず左車線をゆっくり走るトラックの後ろに着きます。大型バイクで高速に乗る時も同じで左車線を走るトラックの後ろで、追い越される事がほとんどで追い越す事はほぼ無い、平均時速で80キロってところかな?、峠道を攻めてる時よりも遅いって事だね(笑)
20代のころから信州好きで年に一度は行ってたし多い年は週に2度行った事も有ったなぁ、ライダー用ジャケットって事も無いがデザインが気に入ったものの迷って買わなかったが、帰ってからも気になって道の駅美ヶ原高原まで走った想い出が今でも蘇る、そのころはビーナスラインを走るのが好きで女神湖の保養所を良く利用させて貰ったもんだ、その後地元のツーリングクラブに入った時は白樺湖近くの姫木平でベンションを経営してる人と親戚だった人が居て、グループで行っては在庫のビール・酒を飲み干してワインを飲んだ事も有った(汗)
話しが長いのでそろそろ旅の思い出に浸りましょうか(笑)
国道50号で西へ西へと進み群馬県に入り最初の給油、家を出る時にすでに半分ほどの残量でしたが、24時間営業のスタンドってそんなに数が有る訳じゃないので、まだ余裕は有ったが安心出来る内での給油だ、バイクみたいに予備の携行缶を持って来なかったからね(笑)
昔は50号を群馬県庁手前まで進んだもんだが、近年は県道40を左折して県道27に繋ぎ国道354に乗るのが定番、そのまま国道18に繋ぎ高崎市から安中市に入ります‥‥チョッと走るペースが遅過ぎたかな、写真を撮らなかったので時間の把握が出来ませんがたぶん6時くらいでしょうか、辺りは完全に明るく観たかった安中駅南側の東亜亜鉛安中製錬所の夜景を見る事は出来なかった、最近も工場夜景って流行ってますよね?
安中駅前を過ぎ下野尻交差点を左折し県道125に入ります、昔から安中市の中心地のようで安中市役所も在りますが、最初に寄ったのは安中郵便局に立つ本陣跡の石碑で当時は須藤本陣と呼ばれていた。
一本裏通りとなる北側に「井伊直政室の墓・直好生母の墓」と書かれた大泉寺が在るので寄っては見たんですが、朝も早いしこれと言った墓も見付からず退散
そこで見付けたのは大泉寺のチャンコロリン石、一瞬ピンピンコロリを思い浮かべたが話しは全然異なり、一抱えも有りそうな丸い石が「チャンコロリン・チャンコロリン」と賑やかに囃し立てながら転がり回ったと言うのだ。人間が転がした訳でもなく狸か狐かと思い鉄砲を撃っても止まらず、住職が念仏を唱え石に釘を打ち込んで封じ込めたらしい?
刀の跡と鉄砲玉の跡が残ってるそうだ。
明治21年に建てられた旧碓氷郡役所だが明治43年に火災によって消失し翌年に建て替えられた碓氷郡役所で、こちらは平成8年に修復工事された現在の姿で安中市指定の重要文化財に指定された。
安中教会も撮りたかったが朝早く門が閉まったまま、垣根も高くこの写真を撮るのが精一杯(涙)
安中藩安政遠足之碑、日本マラソン発祥の地と書かれ隣りに在った大きな石の穴を覗くとゴールの碓氷峠を指してるそうだ‥‥でも公式には日本マラソン発祥の地って兵庫県神戸市と言われてます。調べたところ明治42年なので西暦で1909年、安中は安政と書かれてますから1855年なので安中が発祥の地なのかも知れませんね?
周囲には茅葺き屋根の安中藩武家長屋や郡奉行役宅(旧猪狩家)を見る事が出来る、どちらも都市計画のため移転・復元されたもので大名小路ふれあい公園の一部となってる?
本通り(県道125)に戻ると便覧舎跡を発見、湯浅治郎が私費を投じて建てた図書館で、和・漢・洋の古書・新刊書が約3000冊も有ったそうだ、それを無料で提供してたのも凄い‥‥同志社大学の創立者新島襄の感化を受けキリスト教の洗礼を受けた者たちが、先ほどの安中教会設立の原動力にもなってる。ここも明治20年に火災に遭い消失して現在残ってるのは存在を示す石碑のみ(涙)
向かいに建つのが有田屋で湯浅治郎はこの味噌・醤油醸造の三代目当主、現在も天然醸造で大量の醤油を生産し、展示資料は無料で閲覧出来る
見学を終え繁華街?を抜け国道18号に戻るのが本来だが、ひねくれものなので県道48を直進、右手に立つのは2000トン入るステンレスの並木副配水池(給水塔)、ここに描かれてるのは安中遠足の絵だ、群馬県で有名な上毛かるたの「中仙道しのぶ安中杉並木」沿いです。
その後に寄ったのは同じ道路沿いの八本木地蔵堂、日本三大地蔵菩薩と言われる八本木延命地蔵菩薩像尊が安置されてるらしい、松井田小屋城主安中忠清が原市に榎下城を築く際に故郷の越後国新発田より近戸明神・米山薬師と共に城の守護仏として権請したと伝えられる、その新発田にも日本三大地蔵菩薩(延命地蔵)が在ると言うから何らかの因縁が有るのかも?
とは言っても所説有って日本三大地蔵とか三大地蔵菩薩とか全国に有ってどれが日本三大なのか解釈の仕方で異なるので、今回は安中市八本木延命地蔵尊縁起に書かれてたものとした
そんな事より俺は地蔵堂の周りに咲いてた彼岸花の方が気になった、雨続きだしバイクにも乗れないし仕事も立て続けに入って来てゆっくり花見も出来て無かったのだ(涙)
今回はここまでだが、安中って歴史に残るものがいっぱい有って昔からノンビリ巡りたい街並みだったんだよね、でも大型バイクで来ると走るのが目的だから安中には止まらず最低でも軽井沢に入るし、信州を満喫できる山岳を走る峠道に向かっちゃうんだよね、この歳になるとカブでノンビリ巡ればいいんだろうけど、超貧乏で国民年金じゃ続けられる内は仕事しないと生活が成り立たないのだ(涙)
あぁ誰か宝くじの当選券でも送って来ないかなぁ?(笑)
政治屋さんが裏で稼いだ表に出せない金でもいいけど(笑)
大泉寺
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八本木地蔵堂
群馬県安中市原市2286




































































