日本の民主主義、国民不在のまま死亡! | stockracerの雑記録

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  突然だが、半年ぶりに書こうと思う。まだ、ブログに復帰できる生活状況ではなく、記事の更新より先に、読者登録や、ペタ・いいね・コメント・メッセージを頂いた方への御挨拶が先なのは重々承知しているのだけど、それもままならない。ただ、今日の安倍政権の暴挙からは大きな衝撃を受け、それは、怒りと恐怖感を伴うものだった。ブロガーの端くれとして、この気持ちを忘れない為にも、たとえなぐり書きの羅列になっても、記録しておくべきだと思った。

 今日の結果から、問題だと思う点は2つある。一つは、集団的自衛権の行使ができる国になってしまった事そのもの。もう一つは、立憲主義の破壊はもとより、閣議決定による解釈改憲が可能であるという既成事実を作ってしまった事だ。

 日米安保及び地位協定が今の形のままで、かつ集団的自衛権の行使ができることになれば、安倍氏がどんなに否定しても、アメリカがアメリカの理屈で始めた戦闘行為(戦争)に、日本軍(自衛隊)の参加を求められた時には、絶対に断れないだろう。ショーザフラッグと言われた時に、なんと答えるのだろうか?結局自衛隊を海外へ派遣することになり、安倍氏は、また言葉遊び(法律の更なる解釈変更)により正当化するのだろう。

 公明党には、まったく期待していなかった。創価学会が集団的自衛権の行使に反対を表明し、連立与党の一員として、自民党の強引な手法に抗うふりをしていたが、初めから閣議決定容認ありきで、振り上げた拳を降ろすタイミングを計っていたようにしか見えなかった。飯島勲内閣官房参与から、政教分離に関して脅しまがいの指摘を受けると、途端にトーンダウンしたのを見た時から、折れるのは時間の問題だと思っていた。これは、橋下徹氏が、原発反対から容認に回った時によく似ている。初めから、本気で反対などしていなかったのだろう。与党に留まることは、それだけ美味しいのか?

 安倍政権は、議論を尽くした、議論は熟したと言うが、元々、憲法改正に不可欠な国民投票が行なわれていないなど、手続きに不備がある上、野党との話し合いは右側ばかりで行なうだけで、左派とはまともに議論さえしていない。今の国会に真の野党がなくなってしまったことも大きな問題だが、右派と右翼と極右で議論したと言われても、まったく納得はできない。今回はそれさえも行なわれず、連立与党の合意のみを盾に閣議決定をゴリ押ししたのだから、話にならない。中道・左派系の野党からは批判の声が上がっているが、これも少数野党で迫力に欠けるだけでなく、マスコミがほとんど報道しないので、影響力は薄い。なにより、これだけ重要で重い決断が、国民不在のまま簡単に決められ実行に移されていくことに、恐怖と怒りを覚える。本当にこれでいいのか?

 それだけじゃなく、解釈改憲が閣議決定で行なわれたことにより、今後も、時の政権が必要とすれば、数に物を言わせて、好き放題に解釈改憲ができることになってしまった。その道筋をつけてしまったのだ。これにより、2012年に自民党が発表した憲法改正草案に沿って、万人に認められているはずの基本的人権に制限が加えられるような解釈の変更も可能になるのかもしれず、今後大きな懸念材料になるのではないか?それが、既得権益の固定化から明治憲法下のような階級社会への逆戻りに繋がり、徴兵制や華族制度の復活へとエスカレートしなければいいのだが。

 僕の書いた事は、極論だろうか?でも、安倍氏が今後も戦争はしないと言っても、どうしても信用できない。日本の民主主義は、国民不在のまま今日死んだのだ。何もできないことがもどかしい。せめて抗議活動に参加できればいいのだが、家を空けることはできそうにない。本物の野党の台頭に期待したいのだが…。


 今日の一曲は、「My Foolish Heart」  Bill Evans Trio  1961年


            アルバム「Waltz For Debby」より

 心穏やかでない時は、ビル・エヴァンスのピアノを聴いて寝てしまいます。
愚かな僕には、ピッタリの曲でしょう。

Bill Evans(p)
Scott LaFaro(b)
Paul Motian(ds)

 では、また。


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