13歳の中学2年生が自殺に追い込まれたという事実を、教師は、在校生は、教育委員会は、名古屋市は、国民一人ひとりは、もっともっと、重く受け止めなくてはならないのではないか?
フットワークの軽さが身上の河村市長も、記者会見を開いたまでは良かったが、その後の教育委員会や学校サイドの対応は、いじめがあったとの認識はなかったとの言い訳と、残された生徒を守るという大義名分の下、責任逃れという名の保身と、隠蔽工作ばかりではないか。
以下は報道により周知の事実だが、教育委員会は、初めは亡くなった生徒の残した文書から、いじめがあったことを認めるような発言をしていたが、昨日の時点では、事実関係を含めて第三者機関による調査を行うとして、いじめの事実を認めるには至っていない。複数の生徒による証言があるにも拘らず、自殺を煽るような発言をした担任教師は、事情聴取に対してその事実を否定している。更に、せっかく行なわれた学校内でのアンケート調査も、伝聞による証言が多くて検証が必要などとして、要領を得ない。これまで何度も繰り返されてきたパターン通りの事の成り行き。まるで、死人に口なしとでも言わんばかりだ。
いじめは、被害者がいじめられたと感じた時点でいじめなのだ。加害者や傍観者が、どんなに喧嘩だったとか、ふざけていただけだと言っても、そんな言い訳の入り込む隙は微塵もない。いじめ問題で、被害者はもちろん、加害者も出さないように、生徒達をしっかり見守り指導する立場の担任教師が、このような暴挙に出たのに、痛ましい事件から丸2日以上経っても、事実関係すら確定できないとは何たることか。
これだけの証拠がそろっているケースなら、先ずは、被害者サイドへの全面的な謝罪と経過説明を行い、加害生徒の補導及び指導、担任教師は、懲戒免職にした上で、刑事告発をするぐらいのスピード感があっても当然ではないか。
想像を絶する屈辱感と怒りを抱き、それが自己批判と絶望に変わる過程に、どれだけの葛藤があったのか。他人の僕には、推し量るべくもないが、ただ残念で、悔しい思いで一杯だ。一刻も早く、事実関係を白日の下に晒して、加害事実を確定させて、相応の処分をすべきだ。このような事件が起こると、2度と起こらないようにするための対策ばかりに力を入れる傾向があるが、その前に、上記、謝罪と処分が必ず行なわれなければならないことを、強調したい。そうでなければ、亡くなった生徒は浮かばれないではないか。
では、また。