~その⑥からの続き~
末梢神経伝導検査を終え、帰りもストレッチャーに乗せられて病室に戻ると、一息つく間もなく、これからリハビリを見てもらうことになる、2人の先生が病室に現れた。まず初めは、主に下肢のリハビリが専門の「理学療法士」のJ先生。挨拶を済ませると、まだ症状が悪化している最中だというのに、もうリハビリを行うのだという。
ベッドに仰向けに寝た格好で、初めに脚の状態のチェックが始まった。足首や膝の関節の可動域や、どの程度力を入れることができるのか、自分の意思で動かすことができるのかを調べた。結果は最悪。左脚は動かそうとしても、足首から下以外はビクともしない。右脚は逆に、足首の動きがすこぶる悪い。動かない部分をJ先生に支えてもらって、動きも手伝ってもらいながら、曲げ伸ばしのリハビリが進んでいく。同様に(本来は、作業療法士の領域だが)両腕についても、動きのチェックをしたが、握力の低下が激しく、腕を頭の上に持ち上げる事さえできなくなっていた。また、ベッドで上半身を起こす動作もぎりぎりになる程、腹筋が弱まり、背中を掻くこともできなかった。
J先生が病室を出てから、間髪を入れずに入って来たのが、主に上肢のリハビリが専門の「作業療法士」のI先生(女性)。かなりの美人だ。今日から、この先生にリハビリを見てもらえるのかと思うと、少しだけニンマリ。どんなに、まずい状況に陥っても、こういうことは見逃さない。リハビリの先生には美人が多い。既に、腕の動きのチェックも終わっているので、今日は挨拶だけで病室を出て行った。
余談はさておき、12:00を過ぎて、既に配られていた昼食を食べ、さすがに疲れてベッドに横になった頃、主治医のM先生が来てこう言った。
M先生、「○○さん(僕のこと)、これまでに出た検査結果や、○○さんの身体の状態から見て、ギランバレー症候群と見て間違いないでしょう……」
まだ、何か説明したそうなM先生を遮って、こちらから質問した。
僕、「先生、僕は、軸索型と髄鞘(脱髄)型のどっちなんですか?」
M先生、「今、それを説明しようとしたんですが、断定はできませんが、検査の結果からは、髄鞘(脱髄)型である可能性が高いです」
僕、「ということは、比較的軽く済むという事ですよね?後遺症は残らないんですよね?」
この時、ほんの一瞬だけ、これで大丈夫だ、完治するんだと、楽観的な気持ちになったが、M先生の次の一言で、現実に引き戻される。
M先生、「確かに、髄鞘(脱髄)型の方が、症状の軽い患者さんが多いですが、ギランバレー症候群というのは、個人差の大きい病気なんです。原因や病気の型(リンク先3,4参照)は沢山あって、○○さんがそのどれに当てはまるのかは、正確には分からないんですよ」
僕、「じゃあ、どこまで悪くなるのかも、後遺症が残るのかどうかも、今の段階では分からないってことですか?」
M先生、「そうですね」
僕、「でも、△△大学の、確か…抗体検査(抗ガングリオシド抗体検査)の結果が出れば、ハッキリするんですよね」
M先生、「完全ではないですが、今分かっている検査結果よりは詳しい事が分かります。でも、その結果が出るまでには、まだ1週間くらいかかります」
僕、「そうですか……、さっきやった、神経の伝達速度の検査(末梢神経伝導検査)の結果はどうだったんですか?」
M先生、「正常値と比べて、2倍程度遅くなっていたようです」
僕、「それが、ギランバレーの特徴なんですか?」
M先生、「まぁ、そうですね」
今になって調べれば、この神経の伝達速度が遅くなっているという事が、髄鞘(脱髄)型の特徴だと分かるのだが、この時は知る由もなかった。どこまで重症化するのか、後遺症は残るのか、一番知りたい部分が分からないまま、病名だけが確定した。
僕、「今朝から、だんだん、だるさや熱っぽさが強くなってきていますし、指の痺れも強いですし、手足だけでなく、腹筋まで力が入らないんですけど、症状のピークはまだですか?」
M先生、「まだですねぇ。それも、大体1週間から2週間ぐらいと幅があるので、いつになったらという事は言えないんですよ」
僕、「……」
M先生、「とにかく、しばらく様子を見ましょう。場合によっては、少し強い薬を使うことになるかもしれませんが、もう少し待って見ましょう」
数時間単位で、体調が悪化していく中で、先の見通しが全くつかない状況に陥っていた。リハビリ専門病院と合わせて、7ヶ月間に及ぶ入院生活の中で、一番気持ちが沈んでいたのがこの時だった。
M先生が病室を出ると、ギランバレー症候群であるとの確定診断が出たことを知ったのか、深夜の救急外来からこれまでに、僕に係わってくれた先生達が、入れ替わり立ち替わり様子を見に来てくれるようになった。珍しい病気への興味本位があったにせよ、落ち込んだ気持ちを紛らせることができたし、最後に必ず励ましたり、希望を持たせるような言葉をかけてもらえたのは嬉しかった。
気がつくと、14:00を回っていた。やっと落ち着いて、少し休もうと思っているところへ、M先生が、上司とおぼしきベテランの先生を伴って病室へ来た。この後、僕は、遂にあの薬を使うことになる。
以下、その⑧へ続く
では、また。