あの日、後場の取引も、残すところ15分に差し掛かった頃、いつもと違う揺れを感じた。
長周期の、ゆっくりとした横揺れ。
震源地が、僕の居る地域から遠い証拠だ。
しかし、その割には、強く、長く揺れている。
直ぐに、まずいと思った。
これは、震源地では、大変なことになっているぞ!と。
相場が中断する様子がないので、十数分後、東京市場が引けてから、急いでテレビをつけた。
そこで見たものは……。
津波が、家を、田畑を、道路を、次々に呑み込んでゆく。
眼前に広がる、筆舌に尽くし難い惨状は、映画やドラマではなく、リアルタイムに起こっている事実だった。
僕は、被災地・東北から遠く離れているにもかかわらず、強い衝撃を受け、何をすればいいのか分からなくなっていた。
最初の10日間は、被害の深刻さが明らかになる度に、何もできない自分への苛立ちを覚えた。
2週間が過ぎて、あるブログに書かれていた言葉をきっかけにして、今、自分にできることをすればいいと気付いた。
それから、1カ月近くたって、それだけでは足りないと、思い始めている。
まだ他に、やるべき事があるのではないか?
自分自身の無力さを噛みしめながらも、次の一歩を踏み出さなくてはならないと、考えずにはいられない。
ボランティアでも、仕事でも、他の何かでも。
ただ、悔しいけど、一般人ができることには、限界があるのも事実。
誤解を恐れずに言えば、大きな困難に立ち向かおうとする時に、世間に対する影響力は、持っているに越したことはない。
それは、スキルであったり、経済力であったり、人を惹きつけるリーダーシップであったり。
努力によって、そのような力を勝ち得た人が、実際に復興支援にかかわっている姿を見ると、本当にすごいと思うし、頭が下がる。
だが、ないものねだりをしても、何の解決にもならない。
40歳をとうに過ぎた自分が、レベルの低い話をしていることへの嫌悪や悔しさもある。
大震災から40日目の夜に、今できることをやりながら、次にどうすればいいのかを、探し続けなければならないと思った。
では、また。