日根野から九度山へ | まことの話

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歴史の話をメインに、大好きな音楽や日常なんかも書いて行きます♪

難しい話の時もあるけれど・・・いいね!くれると喜びます!

この土日は仕事が休みだったのですが、案の定土曜日はぐうたらぐうたら過ごしてしまったため


さすがに日曜日は出掛けたい!

どこかに出掛けたい!

このまま梅雨で雨ばかりの天気になってしまうとバイクでは出掛けられなくなるので今のうちに出掛けたい!!


との衝動に駆られ、出掛けてきました!


出掛ける直前まで行き先が決まらなかったのですが、前々から気になってた「大阪市泉佐野市」の「日根荘遺跡」(詳しくはこちら)に向かうことを決め、それだけだとうちから1時間で到着して終わってしまうので、「そのまま山を越えて和歌山に抜けてみよう!」と言う素敵なコースを思い付いたのであります。


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と言うわけで、阪神高速をひた走ります。

そして泉佐野インターで降りて下道をブオオオオオと走りつつ、家を出て1時間、無事に日根荘遺跡に到着です。


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ここは、荘園の支配をしていた九条家の元関白「九条政基」とか言う人が、武士の横領でここの支配権が危機に瀕していた時に、再興させるためにこの地に下向した際に滞在していた「長福寺跡地」になります。国の史跡ですね!


全国各地に当時の荘園跡は残ってるのですが(「○○荘」とか言う地名で残ってるとこも多いですね)この日根荘は、各種資料がよく残っている上にその資料に描かれている絵図の寺社、ため池、水路などの歴史的遺産が、そのころからの景観とともに良好に残されていると言う!


つまりは、大きく言うと


「日本の原風景」がここにあるわけです。



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とても素敵な風景で、のどかな一帯でした。


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うん、どこか懐かしさを感じる風景です。

・・・って思ったら、これって普通にうちの地元に存在してる風景のような!笑


実はあまり新鮮さを感じなかった日根荘遺跡でした。

大阪の街で生まれ育った人には新鮮で良いと思いますが、根っからの田舎者な僕には・・・まあ、国の史跡としてのワクワク感は満載でしたが。笑


さて!

日根荘遺跡を満喫した僕はいざ和歌山に向かいます。

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いざ和歌山!紀の国へ!


実は、この頃になると次の目的地はバッチリ決めてました。日根荘遺跡からバイクで30分くらいと、意外な近さだったこともあり即決でした。


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来たぞ九度山!

真田の町じゃあ!


なんか、ネットで九度山駅の評判が良かったので寄って見たら、この通り真田色バリバリ出してて凄かったです。しかも無料でバイクも停めれるし最高の駅でした。


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トイレも綺麗です。


ここ「九度山」と言うのはですね、その地名の由来まで書いてたら高野山の誰かが昔九度通(かよ)った山だとかなんとか言う由来があったと思うのですが、何故ここに真田?!と言いますと

関ヶ原の合戦の時に「西軍」に属していた真田幸村とその父である真田昌幸がですね、西軍が敗れた後に徳川家康に「切腹」を命じられそうになったところを、幸村の兄で、東軍に属していた真田信幸(信之)と、その妻の父親であるあの有名な本多忠勝の懇願によりまして、切腹は免れたのですが結局「高野山に蟄居(謹慎みたいなもの)」となったのであります。

しかし、高野山は女人禁制なので妻や子供が共に居られないとか、高野山が寒すぎるからとか、単純に真田組の人数が多すぎたからとか諸説ありますが、幕府に許されて「九度山」での蟄居となったのでありました。そのおかげで、幸村は沢山子供も作ってます。うーん。笑


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ここが、昌幸が住んでた屋敷跡です。今では尼寺になってます。


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幸村が雷を封じ込めた(どう言うことやねん。笑)井戸とか


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昌幸のお墓なんかがあったりします。


そして、敷地の奥に無人の小さな資料館なんかがありました。入館料200円を自分で箱の中に入れるタイプで、他にお客さんはいませんでした。


しかしここが凄い。

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実際に幸村が使用した槍先とか


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真田軍が使用した、六文銭の陣幕とかが置かれてました。


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そして、桃園天皇の装束なんかも何故か置かれてました。


な・・・なにこの資料館

凄いもの置き過ぎてて恐ろしい。笑


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このくらいの簡素なものなんですけどね・・・

凄く良かったです!


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そして、「九度山・真田ミュージアム」へ

しかしおかしいな、この建物の外観は10枚くらい撮影したはずなんだけど微妙な写りのこの一枚しか見当たらない。不思議だ。


ここは大河ドラマの真田丸に合わせて作られたようで、とても新しく綺麗な建物でした。内容も真田の事をおさらいできるようなパネル展示と映像が素晴らしかったです。良い場所でした!

しかし、九度山の町に突然綺麗な建物が現れるので違和感半端ないです。笑


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あとは、大阪城へ繋がってると噂の「真田の抜け穴」とは名ばかりの「真田古墳」

古墳ってだけでコーフンしてましたが、この時だけ横に「これ、大阪までつながっとんー?掘るん大変やったやろなあ。」みたいな会話をしてる親子がいたので、あまりコーフンして写真撮りまくれなかったのが辛い。


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あと!これはパンフレットに載ってないのですが、幸村ゆかりの井戸です。

ここは当時の庄屋の家なのですが、幸村は昌幸とは違い、この庄屋の家の一部に居を構えていたと言われておりまして、この井戸を使用してたとのことです。今でも脈々と水が湧き出ております。


実はこの井戸に関しては先述の通りパンフレットには載ってないんですが、ミュージアムを出た後に「お土産欲しいなー」と思って商店街のお店に入ったら、そこの老夫婦に(何故か)沖縄の焼き菓子とかお茶とかをご馳走になりそこで1時間くらい仲良く世間話をしてた時に教えてもらったのです!

どんだけ人タラシなんだ僕は!


しかし九度山は良い人が多かったわー。


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突然道端にこんなのが現れたりもしますが、本当に良い場所でした。


もっと遠いと思ってたけども意外に近い九度山。

そのまま奈良の飛鳥とか吉野にも抜けることが簡単な九度山。

って言うか、ついでに高野山に行くことができる九度山。


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素敵な場所でした九度山!


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きっとまた来ます。


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帰り道にあった、世界遺産のお寺。


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塀の趣が半端ないです。


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なんか、どう見ても女性向けでしたが・・・笑

高野山はまたしっかり事前に調べてから来ようと思います!あまりに知らな過ぎた!


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そして無事に家路に着きましたー。満足でした!




P.S.
ただ、山道は危ないので気をつけましょう!

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この先で、センターラインはみ出して来た車とマジでぶつかりそうになり怖かったです。

確かに魔のカーブや!



安全運転で、また1週間頑張ろう!