　鯛釣りが好きな方で「ひとつテンヤ真鯛」という言葉をご存じない方はほとんどいないことだろう。

　もう20年近く前にわたしと大原の船頭で考案し、『つり情報』誌上で「以後、これを使った釣りを『ひとつテンヤ』と呼ぶ」と釣法を命名し、紹介したものである

　ちなみに左上の写真は、わたしが自製したテンヤ（３号）である。O船頭が考案して創作したテンヤは、ただの鉛で、孫鉤はチヌ鉤を使用していた。わたしは孫鉤にキンリュウのヒラマサ12号を使っている。

　ちなみに右の写真はその後、大原の船頭が打ったテンヤ3号（左）とカブラ（６番）である。

　今回は、鉤についてだけお話することにしよう。

　大原でも内房でも、かつては右のテンヤのように、孫鉤にはアブミ型と呼ばれる軸太の鉤を使っていた。理由の一つは10キロ級の大鯛がこの小さな鉤に掛かっても、折れずに釣り上げることを目的にしていたからである。しかもこの鉤にも生きたサルエビを尾掛けに刺していた。親鉤に食っても孫鉤に食っても鯛の口にしっかり掛けるために考案された仕掛けである。しかもいずれの鉤も10キロ以上の負荷が掛かっても折れない強度を備えていた。

　ではまず、鯛釣りの鉤は、なぜ軸太なのだろうか？　この問いに正解を出せる方は、物理の知識がある方に違いない。一般的には細い鉤の方が刺さりが良い。鋭く尖っているからである。

　だが鯛という魚は口の周りが左右対称の硬い骨で覆われている。肉の部分はほんの薄い皮で覆われているに過ぎない。鯛に鉤をしっかり通すには、口の先端の左右の骨の接合部に通すしかない。

　そこで畳職人が使う針を思い出して欲しい。そんな光景を見たことのある方は、ご高齢の方だけかもしれない。畳職人が畳み表を厚い床の藁に突き刺すには、びっくりするほど太い針に太い糸を通して縫っていく。刺すときは硬い皮を手にはめて思い切り力を入れて刺す。

　同様に昔から鯛釣り漁師は、鯛が海老を食ったら、思い切り力を入れて合わせをくれ、反転した鯛が底に突っ込んでもなお耐え、鉤が鯛の口の割れ目にずれるまで我慢する。すると指先にグンッと手応えがあり、鉤の貫通を確認し、ゆっくりヤリトリをして水面に浮かせる。そのあたりの指先の感触と経験が鯛釣りの面白みであるといえる。

　ところが釣り人にそこまでの経験値を求めても所詮は無理というもの。

　そこでO船頭が考えたのは、孫鉤に全く違った機能を持たせることだった。あんな小さなチヌ鉤が、鯛の口に骨の継ぎ目に貫通するはずがない。だから太い親鉤に掛かった鯛は暴れまくる。運良く親鉤が骨の接合部に貫通すればよいが、まだそこに刺さるまでは暴れまくる。その際、孫鉤はブラブラしているが、やがて下顎や口の端のやわらかい肉の部分に刺さる。すると鯛は動きが鈍くなる。

　ひとつテンヤを始めた頃、鯛を掛けて人の竿の動きを見ていると、親鉤が貫通したのか、それとも孫鉤が肉の部分に食い込んだのか判別できたものである。とくに下顎に鉤が掛かった鯛はアッパーカットをくらったボクサーのように、フラフラになって抵抗が弱まる。「おお、あの人、アッパーカットが決まったっぺよー」とO船頭はにっこりする。

　これが従来とは全く違った効用を孫鉤に持たせた「発明」の一つだったのである。だがこんな経緯を知る人は誰もいない。

　わたしはチヌ鉤ではなくヒラマサ鉤を使用したのは、太い針のほうが身切れし難いからである。鹿島沖で8.3キロの大鯛を左舷で掛けたとき、船の反対の右舷に走られ、艫から釣り座を譲ってもらって右舷でヤリトリしたが、しばらくして穂先が跳ねた。バレたと思ったが、再度、鯛は突っ込んだ。「船頭、親鉤が外れて孫鉤だけだから、玉網頼む」と言ってなんとか浮かせた。すると予想どおり、孫鉤は上顎の肉の部分に刺さっていた。船頭が、「おめえ、よく孫鉤だったって分かったっけなー、さすが元祖ひとつテンヤの人だのー」と感心してくださった。

　釣具店に行けばテンヤに使われる鉤の太さも種類もさまざま。色も各色そろっているが、果たしてテンヤを製作している会社さんが、どれほどの鉤と鯛釣りの関係を熟知して作っているのか、いつも首をかしげております。

ひとつテンヤに使うテンヤとカブラ