こんにちは。
今日は、森信三先生の修身教授録からです。
修身教授録
志学③
わが身自身を治めることによって、多少なりとも国家社会のために、貢献するような人生を送らずにはおかぬという志を打ち立てて、それを生涯をかけて、必ず達成するというような人間をつくるという点が、どうも現在の学校教育には乏しいように思うのです。
真に教育者の名に値するような人々は、超凡の大志を抱きながら、色々と世間的な事情によって、それを実現するによしない立場に立たされた人傑が、現実的にはそれを断念すると共に、どうしても自分の志を、門弟子を通して達成せしめずにはおかぬ、という一大願を起こすところに、初めて生まれるもののようであります。
孔子しかり、プラトンしかり、わが松陰先生またしかりです。
かくして人生の根本は、何よりもまず真の志を打ち立てるところに始まるわけであります。
すなわちまた真の志学に始まると言ってよいでしょう。
吉田松陰先生の残された言葉にこうあります。
私を使役して公に殉ずる者を大人(たいじん)と為し、公を利用して私に殉ずる者を小人(しょうじん)と為す。
故に小人は体が滅し、気が竭きる(つきる)ときは、くさりやぶれ滅び、再びもとにもどることはない。
君子はその心が理に通じ、体が滅し気竭くるとも、理はひとり古今にわたり天地間に充寒し、未だかつて片時もその働きが休んだことがない。
公とは国家社会のことです。
国家社会に貢献する人は、大人で、国家社会に甘えて逆に援助してもらう者は小人だと言っています。
人の役にたつ人こそ、立派な人とも言えます。
逆に、国家社会に依存して生きるた後には何も残らない。むしろ国家社会にとってはマイナスです。
君子(徳があり国家社会に貢献する人)は、肉体は滅んでもこれを受けた心は不滅であり、その精神は後世に受け継がれ永遠に続くのです。
不滅の心と永遠の精神は、全て真の志を立てることから始まります。
そして、その志は「利他の心」であり国家社会に貢献するものであることです。
真の志学とは、立志から始まり、志を成し遂げるために学ぶことです。
聖人、賢人、偉人の伝記や残された言葉から、人様の役に立とうと、国家社会に貢献しようと、思い立ったその動機や心の動き、思想や信念も読み取ることが必要だと森信三先生は言われています。
それこそ自らの立志のヒントとなり、志 半ばで断念しないために学ぶ志学なのです。
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