先月、今年度の社会保険労務士試験があったが、どうも、今年は年金科目が何問揃いだったらしい。
僕も、この資格は持っており、2001年合格した。現在、人事や労務管理の仕事をしているのは
この資格がきっかけで、もし、取得していなかったら、今、何の職業についているか、想像できない。
ある意味で、この資格の取得は、自分にとっては大きなターニングポイントだったといえる。
実際、登録し事務所などで勤務した上で企業の人事部に入ったのだが、事務所などでやるとなると
知識や経験を商品として売っていくわけなので、そのあたりの臭覚のようなものがないと、単に
資格を持ってます。という人は腐るほどいるので、なかなか難しい。
もともと、住宅営業マンの経験があるため、営業をする。ということに関しては、あまり抵抗はないのだが、そもそも、人事や労務管理の企業内での経験がないと、実際に、企業内でどういうことを考えて、どういう実務をやっているのか。を身を持って体験していないので、話がうわっつらの本の丸暗記のような
ものになるので、結構厳しい。
また、企業のステージとしても、数人から数十人しかいない企業では、体系だった労務管理や人事をする。ということを考えておらず、あくまでもオーナーの社長の個人的所有物。個人事業と変わらないこともあり、そのあたりの必要性を訴求していくことが非常に難しい。
本来は、数人であろうとなんであろうと、法人である以上は。法律にもとづいた合理的な運営がなされなければいけないし、他人である従業員を使っている以上、大企業のような待遇や福利厚生は無理にしても
最低限、社会保険の加入や労働法規にもとづく運営がなされるべきであるから、例外はないはずであるが、実際には、話にきけば、誰でも滅茶苦茶だと思うような形での解雇や賃金水準、労働法規完全無視の運営がおこなわれている中小企業が多いのが現実であり、行政にしても、申告がない限りは、対応しきれないのが現実である。
また、労働者の側も、比較的、しっかりした企業にいたことがあれば、経験上、おかしいということがわかるが、そうでない場合は、労働法規の知識もなく、社会保険など強制ではなく、何か、任意の福利厚生もように思っているふしがあるから、言葉は悪いが、そういう奴隷的な形で働いていても、それが当然のように考えている場合もある。
つまり、何がいいたいかというと、この国の雇用社会というのは、前近代的な考え方から脱しておらず
欧米のような合理性のある社会ではない。ということで、そういう社会では、厚生労働省が推進している
様々な政策は、ほとんど意味をもたない。むしろ、そういったことに対応できる大企業の従業員と、対応しないできない中小企業の従業員とで格差を広げているだけ。ということである。
社会保険労務士は、本来的には、そういう格差を是正し、誰もが一定のレベル以上で働ける環境づくりを手伝い、ひいては、企業が健全な形で発展することを手伝う。という職業的意義がある。
一時機、マスコミで喧伝された格差社会などの問題に労働や社会保険の領域からアプローチするというのが、本来の職責であろう。しかし、この日本社会には、根本的な問題あるのである。
それは、すべての個人が等しく尊重される社会。という憲法の理念が根付いていないという現実である。
この理念が根付かない限り、この国は大きくかわることはない。と個人的には考えている。