№1より続き(一つ前の記事からお読み下さい)
いずれにしてもその後水野さんが試合では4課目
そして練習ではセントジョージまで体験させてくれて、
見栄えもよく綺麗にまわってくるし、
安部美咲ちゃんを乗せて全日本ジュニア大会まで連れて行ってくれるなど、
試合の思い出は数々である…
晩年の2年間は水野さん加藤さんとの出会いの中、
天使のような素敵なご婦人方から可愛がられた。
亡くなるその日もスタッフの美由紀さん、水野さん、加藤さんらに
足をさすってもらいむくみが取れて気持ち良さげにしていたという。
立ち上がりに失敗して倒れ皆の見守る中、かけつけた牧子を待つかのように、
静かに息を引き取った。
居合わせた人たちは口々にカバーンのような一生でありたい、と語り
ガバーンが多くの気づき+学び+喜びを与えてたことに感謝していた..
ガバーンありがとう*
浅川やゑ美
追記*乗馬クラブに足を運んでは
ガバ-ンの身を案じていたうちの一人であり、
獣医師でもある妹の頼子に翌日報告の電話をかける。
『「11時ころ安楽死を予定していたが、
その朝に牧子が今日は雨だから取り敢えずやめよう。
雄一くんも来たいとの事だし・・・」
と言うので、省吾先生に伝えると、
「今週は大丈夫だよ」と、
急がなくても良いとの返事を頂いた。
皆にその旨を伝えるとガバの足をさすったり、
ニンジンをあげて朝から介抱してたから、
少し気分も良さそうであった。
しかし、11時頃立ち上がりに失敗し急変する。
駆けつけた牧子の到着を待って息を引き取ったよ。』
と伝えると電話の向こうで一瞬、息が止まったように驚き、
「やっぱり..」とつぶやいた...
時に合わせるように、
皆に見守られながら昇天したガバーンの生き様に
深く感動した様子であった。
私は、
ガバーンの生涯が、
その性が、
如何に善であったかを物語っていることに、
頼子との電話を通してあらためて気づかされた。