君といる時くらいは -長いトンネルの予感- | Resistance to Despair

Resistance to Despair

絶望への抵抗

これまで作者はドラゴンボール及び

東方Projectのキャラをモチーフにした

二次創作小説・イラストを中心に描いてきましたが、

今回は日本の現代都市生活圏を舞台とし、

友人・知人が体験した実話を元に

いくつか繋ぎ合わせた人間物語です。

 

※フィクションのため、実在の人物・団体・企業とは一切関係ありません。

 

 

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201x年は黒田悟士にとって負の連鎖の始まりだった。

10年間務めてきた新宿区のA商社が

外資系のBCホールディングスに吸収合併され、

プロテクトから外れたことによるリストラ(希望退職)、

横浜市内にある実家の父のガンによる他界、

さらには2年間交際した彼女との破局という

オマケまで重なった。

 

職場では「あれだけ勤勉で

毎日他の誰よりも遅くまで残り、

後輩への面倒見も良かった人が、

なぜ役職に就くことも無く、

退くことになったのか」という声も

チラホラ上がっていたようだが、

会社を辞めさせられてしまった今は

そんな言葉など何の役にも立たなかった。

 

「この歳でコレといった能力もないようじゃ

再就職先もなかなか見つからないだろうな。

かといって、親父が亡くなっているのに

実家でスネかじりなんてゴメンだぜ…」

 

案の上、次の就職先探しに各企業へ履歴書・

職務経歴書を持って行っては、

面接官の表情を曇らせるだけの繰り返しだった。

32歳という年齢も相手にしたたかなものを

感じさせるらしく、 

悟士はまるで出口の見えないトンネルに入ったかのような

重い閉塞感を感じていた。

 

川崎市内にある自宅は引っ越してきた時と

ほとんど変わっていないように思える。

クローゼットや収納ボックスの衣類は

モノクロで約8割を占め、

食事を1日2回に減らした影響か、

体重は退職前より4kg減量した。

 

父が亡くなってから49日を迎える前日、

悟士は東京都紅摩市にある

紅茶専門店『スカーレット』に向かった。

自身はどちらかというと紅茶よりもコーヒーを

口にすることが多かったが、

母が結婚前紅摩市に住んでいた頃の

お気に入りの店だったらしく、

お土産として茶葉を買って渡そうと思ったのである。

 

近年は武蔵野市吉祥寺にも店舗がオープンし、

地元の若者にも人気は拡がっているようだ。

 

ダージリンとカモミールを

それぞれテイクアウト注文で会計を済ませた時に、

どこかで見覚えのある

紺色のスーツ姿の女性とすれ違った。

女性は軽く会釈はしたものの、

誰であるかをすぐには思い出せず、

悟士は条件反射的に軽く頭を下げた後、

そのまま店を後にした。

 

「さっきの人、たぶん、どこかで会っているよな…。

しかもあの店に客として来た感じでは

なかったような気がする。

新しい店舗関係者か何かだろうか…」

 

帰りの電車の中で、悟士はずっと考えていた。

 

その日の夜、LINEに一通、懐かしい名前の女性から

メッセージが届いた。

送り主は4年前に退職した元後輩の月本咲夜である。

 

「お久しぶりです。

私の事、覚えていらっしゃいますか?

もし、私の勘違いであれば申し訳ないのですが、

今日の15時頃、スカーレット紅摩店で

黒田さんらしき方をお見掛けし、

会釈させていただきました。

お時間のある時にご連絡をいただけると嬉しいです。

どうぞよろしくお願い致します」

 

彼女は悟士の3年下にあたり、

礼儀正しさと確実さを併せ持ち、

将来の幹部候補生としても期待されていた

極めて有望な女子社員であったが、

香港に事業展開を計画していたある企業家と
彼女の親族を交えてのお見合いの末、結婚の運びとなり、

いわゆる‟寿退社”の形で去っていったはずであった。

ただ、LINEのアカウントはそのまま残されていて、

どういう意図だったのかという疑問も

時間の経過とともに薄れていった。

 

「咲夜さん、帰国されていたのですね。

雰囲気が変わっていたので、

あの場でハッキリとは気付けなかったけれど、

相変わらず実直にお仕事に励まれている様子で何よりです。

ご迷惑でなければ、その後どうされているのか

後日お話を聞かせてもらえますか?」

 

悟士はそう返信し、眠りについた。

 

~<意外なオファー>に続く~