Fランク大学の非常勤講師を始めて2年目ももうすぐ終わろうとしています。といっても、まだ講義は数コマ残ってますし、期末試験もありますが。

以前、学生の実態でも触れましたが、正直、講義中の学生の態度を見ると、事前に準備して講義内容を練ってきた努力もむなしく感じることが多いです。学習に対する意欲がそもそも低いですし、そもそも基礎的な読み書きの能力がかなり怪しい学生が多いため、講義内容を理解する前提を欠いている可能性もあります。

事前にテキストの該当範囲を読んでくるなんて学生は皆無ですし、読んでないことを前提に、しかも基礎的な読み書き能力が怪しい学生レベルに合わせようとすると、もはや専門科目の内容に入ることなどできず、国語の授業で15コマ終わってしまうでしょう。

おそらくこのレベルの大学で講義を担当されている先生方は同じような悩みを抱えているのだと思います。

彼らの立場からすれば、大学の授業(特に専門科目)なんて一生懸命勉強したところで社会の役に立たない、単位を取って大学卒業(学士の学位をとる)できれば大卒として一般企業に就職できるわけで、しかも就職先で大学の内容が生かされることは無いだろうという考えなのだろうと思います(そもそもそこまで考えていない可能性も否定できませんが)。

この学生の考えに対して、教える側で反論できるかというと、なかなか難しいと言わざるを得ません。

私のような実務家教員からすれば社会(実務)に出た後に役立ち得る講義を心がけているものの、その「社会(実務)」は、特定の部署(職種)に配属されたり、あるいは自身で起業するなどすれば役立つ可能性もあるものの、受講する学生にすべからく役立つかというと間違いなくそういうものではない。

という意味では、やっぱり学生の言い分も少なくとも現在の社会においては否定できない一定の合理性を持っているともいえる・・・ 特に今は社会人になって必要を感じてから大学で学び直しするケースもありますし。

というわけで、学生の考えに一定の合理性を認めつつも、目の前にいる学生たちは貴重な時間の無駄遣いをしているようにしか見えない(つまり、合理的な時間の使い方をしているように見えない)。これはやっぱり残された時間の長さ(寿命)の違いによるものなのだろうか。

時間の無駄遣いを無駄と感じない若さが羨ましい。