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今までを振り返ってみると

基本的には、『狭く深く』を願っているような行動をとっていて

実際にも、友人の数は少ないと思います。

思いますっていうか、絶対に少ない!!

少なさに自信があります。

 

かっこ付けて言うわけではないですけど

 

100人に普通に好かれるよりも

1人に大好きでいてもらいたい

 

そんな考えをずっと持っていて

これからもそんな感じだと思います。

 

………ひょっとして、今日は真面目ブログか?………

 

その数少ない友人が言うには

 

昔からそうらしいんだけど…

2、3人で話しててワイワイ盛り上がってきて

面白そうだねと1人増え、2人増え…結構な大人数になってくると

僕はフッと居なくなるそうな。

 

で、気が付いて見渡すと

また別の所で2、3人とコチョコチョ話して盛り上がっているらしい。

そしてそこがまた増えてくると、いつの間にか消えていて

違うところで…

 

友人に言われるまで全く自覚が無かった。

んー、なんなんだろう。

 

ちょっと嫌な表現かもしれませんが

導火線に火を点けるのは好きなんだけど

爆発を大人数で見るのが得意じゃない、っていうのかな。

大きな打ち上げ花火よりも、端っこの方でコソコソ線香花火をしてる方が好き、みたいな。

…なんて言ったら分かりやすいかなあ(苦笑

どっちかというと、こういう小世界が好き

 

なんか、僕みたいな感じの人を

ネットスラングでは“コミュ障”って呼ぶんだそうな。

少人数…2、3人だとしっかりコミュニケーションが取れるんだけど

大人数だと静かにして目立たないようにしてるらしい。

というか、輪から離れようとするらしい。

 

そもそもが、重度の人見知りである。

両目で視力が0.3ほどなのに(近視・乱視)

眼鏡をかけようとしないのはそのためでもある。

ボヤけていれば人の顔をしっかり見れる。もちろん、余り見えてないからである。

社会人としてソレはどうなのか?という問題はあるけれど

慣れれば人懐っこくなるので

皆さん、気長にお付き合いいただければと。

大丈夫。

自分でもメンドクサイ奴だなあと思っている。

 

と、ここまで書いてきて思い出したことがある。

 

小学5年生の時、学校の近くの神社で僕を含めた3人で遊んでいたところ

茂みの奥にガビガビになったエロ本を見つけた。

アッと思ってから3人で読み始めるまでそう時間は掛からなかった。

夕方になり暗くなってきたので読書の時間は終了し

掃除の方に見つからないように隠してから帰宅。

翌日、学校で「また今日も見にいくぞ」とコチョコチョ話していたら

それを嗅ぎつけた伊勢君が「俺も行く」と。

別に僕らもケチではないので快く了承し、放課後いったん帰宅してから

神社に集合してみると

伊勢君の2つ上のお兄さんがいて、さらにその友人の方達も。

小学5年生と中学1年生、総勢10人ほどが神社に集まる状況に。

まさに、聖地巡礼。

こんなに大勢が神社にいたらそりゃ目に付くに決まってる。

通りかったクラスメートのお母さんは

中学生が小学生を虐めてると思ったのか、学校に連絡してしまった。

先生が駆けつけてきて、エロ本事件は終結したわけだけど

たぶん

僕はこの一件以来、大人数を嫌いになったんだと思う。

僕の人格形成の一端には間違いなくこの事件が作用しているに違いない。

 

まだ、最後まで読んでいなかったのに…