今日は父親の命日。
亡くなってから3年経ちました。
今でもなんか問題があると
「親父ならどうするかなあ」とか考えながら行動することがあります、結構な頻度で。
そう考えると、精神的な部分では未だ生き続けているのかなあとか思ったり。
…
…
それはまあいいとして
父は入院を嫌がり自宅に戻ってきていた。
そして様子を見に行った僕にこう言いました。
「裏庭の物干しを直せ」と。
なんでこのタイミングで?とは思ったけど
言われた通りに直した、というか新しく作り直した。
すると今度は
「庭を照らせる大きな電灯を付けろ」と。
はぁ?なんで?とは思ったけど、部品を買いに行く途中で気が付いた。
おそらく…というか、絶対にこの段階で自分がそう長くはないと悟っていたんだろう。
この田舎の集落では、お盆の夜に山車が初盆の家を一軒一軒周って盆踊りをする風習がある。
初盆、つまり自分が死んでから最初のお盆には村中の人が庭に集まる。照らせる電気が欲しい。そう考えたんだろう。
そうとしか思えない。
と、なると
裏庭の物干しは自分の死後、母親が洗濯物を干すときに困らないようにするためだ。
だいぶ弱っていた父親は自分では作業が出来なくなっていたので、なんかいつもコチョコチョ作っている僕が来るのを待っていたのだろう。
僕は肩を震わせながら庭に大きな電灯を付けた。
家の電気回路をちょっと弄って、家の中から操作できるようにした。
満足そうにスイッチをカチャカチャしていた父親は
今度は「風呂の目地の防水をしてくれ」と。
…いや、まあ、よく次々と思い付くもんだ。
休ませてくれないねえ。
了解、了解。
…
…
それが12月の中旬。
その2週間後に父は亡くなった。
初盆で電灯を使った。
太鼓や三味線の音に合わせて踊る人達をキレイに照らしている。
物干し台は多少の風でも洗濯物がずれないように細工をしておいた。
風呂の目地は……ごめん、もう1回やり直すわ。
めったにシーリング剤を使ったことがないもんで。
障子の張り直し。
車の修理もした。
防犯用センサーライトの回線引き直し。
などなど。
福岡に戻るたんびに修繕モノが溜まってる。
今回も『花壇の柵作り』と『縁台の再塗装』が待っていた。
母ではなかなか直せないだろうな。
兄貴はこういうの苦手だし。
これ、ジョギングしてる時間が無いなあ…
とか思いつつ、これはこれで楽しかったりする。