みなさま、こんにちは!宇川由真子です。

 

「愛は恋よりも崇高なもの」といった認識は

おおむね共有されているのかもしれない。

 

人名。愛や愛子など女性の名前に愛の字が

使われることは多いが、

恋のつく名前は少ない。

県名。愛媛や愛知など愛がつく県はあるが、恋はない・・・。

 

愛の対象は、親子や兄弟、ペット、郷土など広いが、

恋の相手は人間(主に異性)です。

 

一方で、「恋の体験は万人がすべきだ」という

徳島の男性(75)のコメントを読んで、

何となくその理由がわかった。

「でないと、人間の崇高さはわかっても

人間のでたらめさ、いい加減さは分からない。

恋ほどその人をもろに表すモノは無い。

愛はいずれ人生のどこかで

考えなくてはならぬ問題になる。

恋はそうではない。

損得を無視する衝動が人間にあることを

教えてくれるのは恋だけ

 

愛の崇高さに近づくには、恋をして、

衝動や情熱に翻弄される愚かな自分を

思い知る経験が必要ということか。

 

75年の人生経験から出る含蓄ある意見、さすがです。

 

愛の崇高さや宇宙的な大きな愛キラキラ

この75歳の男性の様に、

どろどろの恋愛を経験した方でなくては・・・。

本当の愛は、語れないのでしょうか?

 

人間は”清く正しく美しく生きる”だけではなく、

複雑な生き物と言う事でしょう!?

きれいごとや理想論では割り切れない部分も

多々あるという事!?

”愛や恋”においては、

正論を振りかざすには、無理があるのでしょうあせる

 

何はともあれ、激しい恋から学ぶ事も多いのでしょうが、

幸せな結婚ができれば、

良いのではないでしょうかチョキラブラブ

 

幸せな結婚へ!