思えば、この2年間はひたすら自分の弱さと向き合ってきた。
いつの頃からか、自分がなんでもできることを誇示しようと躍起になっていた。
強い自分にこそ価値がある、強い自分にしか価値がないと思っていた。
だから必死で虚勢を張った。
人から強いと思われることこそが自分のアイデンティティだった。
2年前、とある事情から博士進学を諦めなければいけない状況になった。
好きなことだけやって生きていける環境を当たり前に思っていた。
そんな当たり前が突然目の前から消えてしまった。
別に博士進学に拘っていたわけではないけれど、落ち込んだ。
この程度で落ち込んでいる自分にも落ち込んだ。
本当は弱い自分を気付いた。
それでも弱い自分を受け入れることはできなかった。
受け入れられないのは自分の弱さのせいだと思った。悪循環。
身の振り方を考えているつもりが、気付いたら弱い自分を責めていた。悩みの堂々巡り。
これではいけないと思った。
弱い自分をありのまま受け入れたいと思った。
簡単なことではなかった。アイデンティティを否定することになるのだから。
結局諦めた。
また自分を責めた。
精神的に強くあれないのならば、せめて大事な人たちを守れる力が欲しいと思った。
力、すなわち財力だ。
精神ではない部分でなら強くなれるとおもった。
結果として就職に前向きになれた。
それでも弱い自分を払拭することはできなかった。
結局「強い自分」という幻影に縋り付いていた。
頭で理解することとそれを受け入れることの間には大きな障壁がある。
「弱い自分」をありのまま受け入れることはついぞできなかった。
本当はわかっているのに。
きっと僕はすぐには変われないと思う。
僕をありのままに認めてくれる人にも変えられなかった。
これからも自分の弱さと向き合って、葛藤していくのだろう。
だからこそ、この2年間は無駄ではなかったと信じたい。
これまで苦しんだことはきっと未来に生きるだろう。
金と時間をドブに捨てて、肩書きだけを手に入れた。
そう思っていた。
けれど、決してこれは無意味ではないのだ。きっと。
「金と時間をドブに捨てて肩書きを手に入れる」という経験をしたのだ。
これはまさに僕の弱さの結晶だ。
これからももっと自分と向き合っていくのだ。
ありのままを受け入れるのだ。
それでこそ、自分も他人も納得させられるような強さを蓄えるスタートラインに立てるのだ。
何も為せなかった自分の強みを探すのだ。
自分をありのまま受け入れるのだ。
それが多分僕をありのまま受け入れてくれる人たちへの恩返しなのだ。