沖縄に行ってきました。
八重山諸島には何回か行ったことがありましたが、本島には初めての上陸です。
2泊3日の旅でした。

梅雨の真っ最中で日本国中で唯一晴れマークだったのが梅雨明け済みの沖縄。
出発直前まで何処に行くか悩んだのですが結局は天気で決まりました。

旅程はこんな感じでした。

(金)大阪出発→ 関西空港→ 沖縄那覇空港(レンタカーを借りる)
   那覇IC~許田IC→ 古宇利島→ 辺戸岬(最北端)→ 茅打バンダ→
   (東海岸を南下して)ホテル到着

(土)ホテル出発→ 万座毛→ 真栄田岬→ 残波岬→ 座喜味城跡→
   海中道路→ 首里城→ ホテル到着→ 国際通り

(日)ホテル出発→ ひめゆりの塔→ 喜屋武岬(ほぼ最南端)→ 平和祈念公園→
   知名崎→ (レンタカーを返す)那覇空港→ 関空→ 自宅
      

【一日目】

今回は初めてスカイマークを使いました
7:30発 関空―那覇


大阪は梅雨空

豆情報・・・
 飛行機の席は行きも帰りも左側にしましょう。
 右側席では離着陸時、沖縄本島が見えません(でした)。


那覇空港は青空
予約していたレンタカー屋のバスに乗ってお店に行きます。


今までに見たことないレンタカー屋の巨大なこと、100台以上はありました。


初日の計画は北半分を走破すること、高速道路を使って最初の目的地 古宇利島に行きます。


この橋を渡ります。


気持ちいい気がします!


島からの景色、橋も写っていますがわかるでしょうか?


ここで紹介、この旅のお供 日産ノート


安須森御嶽(西側から)


沖縄本島最北端 辺戸岬


北を見ると海だけ。ん? 島が見えます、与論島と思います。


安須森御嶽(辺戸岬から)


茅打バンダからの眺め。
この辺の海は深いのかエメラルド色ではなく紺色。


東側を回り南下していきました。
ヤンバルの密林を貫く道路にはこんな標識があります。


キャンプシュワブって聞き覚えがある。


一日目はこのままホテルに行きました。

この間テレビで和田あきこが同じところに泊まって寝起きドッキリされていました。


【二日目】

万座毛


真栄田岬
スキューバーの人がいっぱいいました。




残波岬の灯台
上までのぼれます(有料)。




座喜味城跡
沖縄の城の石垣は角に丸みがあって特徴的。


敷地島というところで道なき道を進んでいくと・・


ジャネー洞というところに着きました。
看板が立ってて読んでみると、何か崇拝の対象のようなんですが
不法投棄のごみがいっぱいあって、それが写らないように撮りました。


海中道路を渡って平安座島へ


そして超有名スポット、首里城に。
これは守礼門、2,000円札ですね。
真ん中の女性がずーっとどいてくれませんでした。


立派な石垣と、門をいくつも通っていきます。






この門の向こう側が本丸(?)です、ここから先は有料になります。


天守閣(?)正殿だそうです。


正殿の中に入れます、玉座です。


世界文化遺産なんですが、この建物は築20年でずいぶん新しいものです。

このあとホテルに行って、そのあと国際通りに行きました。
なぜか写真がありません・・・。


【三日目】

ひめゆりの塔


米軍上陸のとき、この洞窟に女学生などが隠れていたそうです。

平和祈念資料館にも入りました。
米軍の侵攻時の悲惨な記録が残されています。

ほぼ最南端の喜屋武岬にあるモニュメント。
観光客はいません。


あの岬が最南端です。


喜屋武崎灯台


平和祈念公園
赤瓦の建物が資料館です。
ここには戦前から戦争、返還にいたるまでの沖縄の生活が紹介されています、
やっぱり戦争の資料が多いです。


たくさんの石碑に戦没者の名前が彫込まれています。


敷地内にバナナがなっていました。


立ち寄ったカフェ、昼ごはん食べたんですが景色が最高のお店でした。
案内された席はテラスのカウンター席、山の斜面に突き出てて気持ちいい。


再び道なき道の先に神聖な場所を見つけました。
テダ御川、看板と石碑がなければ普通の岩場の風景。


知名崎灯台


ここを最後にレンタカーを返し、那覇空港(20:40発)から関空へ帰ってきました。

早朝便で行って、遅い便で帰ってこれたので時間が有効に使えました。


しかしながら、旅を終えた感想は複雑なものでした。
八重山の素朴な島とは違い、巨大レンタカー屋や国際通りの賑わいから見られるようにシステム化された観光地という印象を強く受けました。
表面的には華やかなんですが反面、戦時中の悲惨な経験がありながら現在もなお身近に米軍基地があって、憎い仇と共存している矛盾が感じられました。
そして将来再び何かがあった場合、恐らくここが最初に危険にさらされるんだろうなぁという勝手な想像。

ちょっと考えさせられました。
私が生まれたときにはまだアメリカだったんですからね・・・。